それは私たちがみな、承認を切望しており、真実を恐れているからだ。批判的なフィードバックがトラウマ的に感じられるのは、それが私たちの最も根本的な心理的ニーズ、すなわち安全(身体的、社会的、または物質的な安心感)と価値(自尊心、自己愛、または自信)を脅かすからである。

 まず、安全を考えてみよう。

 フィードバックには、経済的な脅し(「クビにしてやる」)、人間関係の脅し(「君とは別れる」)、あるいは身体的脅し(「ぶん殴ってやる」)が含まれる場合がある。そのような場合の正しい反応は、恐怖だ。だが、私たちが集めた445件の事例を見るかぎり、フィードバックからそのような差し迫った脅威が感じられることは滅多にない。ほとんどの場合、受け手を危険にさらすのは、フィードバックそのものではなく、フィードバックに対する受け手自身の防衛反応や、ケンカ腰の反応、あるいは怒りに満ちた反応だ。

 では、価値はどうか。

 真実を知ることがプラスになるなら、なぜそれが恥や恐怖や怒りの感情を引き起こすのか。それは私たちが、自分には価値がないという恐怖を心の底に抱えて生きているからであり、フィードバックはそれをあぶりだすからだ。

 回答者の多くは、フィードバックを伝える人物に悪意の動機があると、痛みは大きくなると語った。だが実際には、動機は無関係だ。

 私たちのほとんどは、目上の人からの承認を切望している。こうした人たちの承認が得られれば、自分は力不足ではないか、という長年の不安がおさまるかもしれないと、密かに期待しているのだ。しかし、そうはならない。

 私は長年、人が厳しいフィードバックを受け入れるのを助ける最善の方法は、そのフィードバックの伝え方を変えることだと考えていた。だがいまは、それは間違いだったと確信している。肝心なのは、物事を「正しく」伝える方法を考えることではなく、どのように伝えられようと、厳しいフィードバックの中から真実を見出せるようになることだ。

 そのために必要なのは、誰もが自分の安全と価値に対して、みずから責任を負うことである。

 私はこの3年間、ユタ州ソルトレークシティの非営利団体ジ・アザー・サイド・アカデミー(The Other Side Academy、TOSA)と協力して研究してきた。TOSAの自立支援コミュニティには、長年にわたり犯罪や薬物依存や路上生活に苦しんできた成人男女約100人が暮らしている。彼らの人生の大きな糧となっているのが、フィードバックである。容赦なく真実にさらされることが、成長と幸福にいたる最善の道のりだというのが、TOSAの基本的な考え方なのだ。

 TOSA滞在者は週に2度、「ゲーム」と呼ばれるプロセスに参加する。これは2時間にわたるノンストップのフィードバックで、騒々しくなることもあるし、粗野で下品な言葉が使われることもある。ときには1人の滞在者が、20?25分にもわたり約25人の仲間の集中砲火にさらされることもある。

 彼らは証拠を示しながら、その人物が不正直で、人を操り、怠惰で、自分勝手で、意地悪だと主張する。礼儀正しく、オブラートに包んでメッセージを伝えようとする努力は、ほとんどなされない。彼らは、その人物が「ゲーム(あざけり)を受け入れる」ことにより、学ぶことを助けているのだ。

 なかには、自己防衛的な反応を示す滞在者もいる。自分が聞きたくないことを言う人たちを避け、拒絶し、あるいは厳しく非難する。だが、ほとんどはそうした反応を示さない。彼らはすぐに、自分こそが安心の最大の拠り所であることに気がつく。

 自分はこのチャレンジを乗り越えられると信じ、自分を安心させることが平穏を取り戻す最速の道であり、この自己効力感を高める最善の方法は、フィードバックから真実を見出すことだ。フィードバックは真実か、間違っているか、多くの場合、両方のミックスである。たとえ真実に傷ついたとしても、それを知っているほうが、知らないよりもダメージは浅い可能性が高い。したがって真実を学ぶことは、「常に」プラスになる。

 私がTOSAの滞在者たちから学んだことは、批判から立ち直るレジリエンスの重要性だ。そこで、今度きついフィードバックをもらったときに試してもらいたい、4つの対策を紹介しよう。ストレスにさらされたときも思い出しやすいように、4つの頭文字を取って「CURE(キュア)」と名づけてみた。