知られざるiPhoneの実態を2つのルートで描き出す

 本書は生地の縦糸と横糸のように、2つのルートで構成されている。初代iPhoneがどのような経緯で開発されたのか、主に社内の動きからiPhoneの真の姿を追ったのが「セクション1~4」。一方、iPhoneを構成する技術と物質の源を探ろうと、世界中の"iPhoneの現場"を訪ね歩くのが「第1~14章」である。

倉田幸信(くらた・ゆきのぶ)
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。朝日新聞記者、週刊ダイヤモンド記者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部を経て、2008年よりフリーランス翻訳者。主な訳書に『VRは脳をどう変えるか?』(ジェレミー・ベイレンソン、文藝春秋社)、『アライアンス』(リード・ホフマンほか、ダイヤモンド社)など。

 開発秘話で最も面白い点は、初代iPhoneの原型が携帯電話ですらなかったことだろう。マウスとキーボードという太古の技術に問題意識を持ち、「人とデバイスの新しい対話方法」を探るENRIと呼ばれる秘密プロジェクトが、紆余曲折を経て初代iPhoneになっていく。その過程には、今では信じられないような面白いエピソードが山積みだ。思いつくままに箇条書きにしてみよう。

・iPhoneは当初、電話ではなくタブレットPCになる予定だった。
・iPhoneは当初、クリックホイールで操作する予定だった。
・iPhoneには物理キーボードが搭載される可能性もあった。
・ジョブズはiPhoneに「戻るボタン」をつけたかった。
・アップルには携帯電話プロジェクトが五つほどあった。
・iPhoneのキーボード配列には6種類ほどの最終案があり、日本語の「フリック入力」にそっくりのものまであった
・ジョブズがラリー・ペイジにiPhone試作機をチラ見せしたことで、iPhoneにグーグルマップが搭載されることになった。

 要するに、スティーブ・ジョブズやジョニー・アイブといった有名な天才たちが今のiPhoneの姿を思い着き、それを形にしていったわけではない。どんな製品になるのかまったくわからないまま、「マルチタッチ」という操作方法の開発が進み、紆余曲折を経て最後にはその技術をスマートフォンに使うことになったのである。

 筆者はマルチタッチだけでなくiPhoneの根幹をなすその他の技術、強化ガラスや無線通信、省電力チップなどについても、歴史をさかのぼり、誰が開発したのかを解き明かそうとする。そこには当然ながら、それぞれのドラマやニーズや成功や失敗があり、多数の人と組織が関わっている。そうした人と組織と技術の積み重ねの上に、iPhoneが生まれたのである。本書はその事実を十二分に示している。

 とはいえ、筆者にスティーブ・ジョブズやアップルの功績を矮小化しようという意図はない。最先端の技術をかき集め、世界中の人が欲しがる完璧なデバイスにまで作り込んだのはアップルであり、その舵取りをしたのはスティーブ・ジョブズである。その姿をきちんと描きつつも、不必要な神格化は避けようという意図は明快だ。筆者はiPhoneを熱愛する"iPhone信者"ではあるが、"アップル信者"でも"ジョブズ信者"でもない。だからこそ、開発方針を巡って右往左往し、社内政治でぐちゃぐちゃになるアップルの内情を冷静に描けたのだろう。

 初代iPhoneの開発は、間違いなく歴史的な出来事である。それゆえ、何かと神格化され、伝説だけが一人歩きするこの出来事を、多くの関係者が生きているうちに直接話を聞き、客観的な立場で記した本書には大きな価値がある。

 

【著作紹介】

『THE ONE DEVICE ザ・ワン・デバイス――iPhoneという奇跡の“生態系”はいかに誕生したか』
ブライアン・マーチャント 著、倉田幸信 訳
【日本語版への解説】「アップルに脈々と受け継がれる、技術革新のバトン」長谷川貴久(元Apple本国Siri開発者)

「iPhone を創ったのは、スティーブ・ジョブズ」――誰もがそう思っている。だが、ジョブズの役割は、iPhone 誕生までの壮大な物語のほんの一部にすぎない。その開発にまつわる話は、Apple 社の秘密主義により、明かされないままだった。 iPhone は驚くほど多くの人々や組織の「発明の集合体」である。様々な大学やスタートアップ企業、研究所、政府の助成金、さらにその生産には、ほぼすべての大陸の鉱山労働者、中国を筆頭とする何十万もの工場労働者が関わっている。 秘密のベールに包まれた開発の過程を要素分解し、執念で辿っていく。SONY 幹部らが地団太を踏み、海外の競合も度肝を抜かれた iPhone 誕生秘話を描き尽くした力作!

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