AI活用によって具体的にどういうことが可能なのかを、説明していただけますか。

 まず採用についていうと、どの会社も面接を数回行って、採用か不採用かを決めています。面接官は採用のプロではありませんし、大抵は1年か2年で入れ替わりますので、面接対象者のどこを見ているのか、面接官によってばらつきがあります。最終的には、何となくわが社と波長が合いそうだといった、あいまいな基準で判断していることもあります。
 それに、面接に進む前のエントリーシートの段階で多くの人をふるい落としていますが、全員のエントリーシートに目を通していない、目は通しているけれど見ているのは学校名と学部名程度といったこともあるはずです。何千人、何万人分ものエントリーシートに採用担当者が細かく目を通すことは、事実上不可能だからです。
 そうした課題を解決するために私たちはいま、AIを活用した採用システムの開発を支援しています。

 例えば、AIがエントリーシートを詳細に読み、求人している各ポジションの職務内容や必要とされる知識・技能・経験などが記載されたジョブ・ディスクリプション(職務記述書)と照らし合わせて、面接でどんな質問をすればいいのかをアドバイスします。

 あるいは、そもそも入社してからハイパフォーマーになる人にはどのような適性があるのか、どこを見たらそれがわかるのか、そういうモデルがどの企業にもありません。この人は優秀だと判断して採用したけれど、その後伸びなかったということが往々にしてありますし、逆に採用時の評価は高くなかったのに5年後にはハイパフォーマーになっていたということもあります。

 そこで、入社年次ごとに一定数の社員の人事データをすべてAIに読み込ませます。エントリーシートの内容、採用時の評価、入社後の業績評価、異動履歴、誰と組みどんな仕事をしたか、本人はどのような志望を持っていたかといったデータです。そして、ハイパフォーマーになる人たちの共通因子を特定します。どの部門のどの職務に、どのような人が向いているかということもわかってくるはずです。そういうデータを基に、採用で何を評価すべきかというモデルを作るのです。

 AIはデータによって学習しますから、このシステムを2~3年運用すれば、より精緻なモデルを構築することが可能です。

 採用に至らなかった人たちに対しても、単に「今回はご希望に沿えませんでした」というメールを送るだけではなく、具体的なフィードバックを提供することが可能になります。そうすれば、選考に漏れた人の納得感が高まるでしょうし、少なくとも「この会社は一人ひとりをしっかり見たうえで選考しているんだ」という印象を持ってくれると思います。そういうフォローアップを採用の段階からしていくことが、採用市場におけるブランド力を高めることにつながるのです。

 入社後の育成、人財開発については、いかがですか。

 一人ひとりの従業員のニーズや興味、志望に合わせパーソナライズされた学習機会やキャリアパスの提示、適切なタイミングでのフィードバックを提供することが、仕事へのエンゲージメントとパフォーマンスを高めることにつながります。AIはそれらを効果的に支援することができますが、これについては私たちIBMの例をご紹介しましょう。

 IBMはグローバルで約37万人を超える従業員一人ひとりに対して、適切な学習機会を用意し、その履修データをどのように活用するかという課題を抱えていました。また、スキル要件や知識ニーズが急速に変化するなかで学習プログラムが時代遅れになることがしばしばありましたし、マネージャーは自分の部下に課せられた研修を把握するのに苦労していました。

 そこで、2016年にAI/コグニティブ技術「Watson」を活用したオンライン学習プラットフォーム「Your Learning」を導入しました。従業員が自身のパソコンやスマートフォンからアクセスすると、全社員が知っているべき情報、パーソナライズされた学習コンテンツ、受講が必須の研修プログラムなどが一覧で表示されます。

 学習内容は、過去の学習履歴や職務履歴、キャリア目標に基づいてカスタマイズされています。例えば、データサイエンティストを目指している従業員がいたとすると、IBMにおけるデータサイエンティストの能力要件と本人のスキルセット、専門性、職務履歴などを照らし合わせて、受講すべきプログラムを推奨します。リアルでのクラスルーム研修、オンラインの学習コンテンツ、社外のコンテンツなどを統合的に管理しており、一人ひとりに最適なプログラムを提供できるのです。

 マネージャーは一人ひとりの部下の学習状況をリアルタイムに把握できるようになっており、キャリア面談で「会社としてはいまこういうジョブを増やしていきたいと考えており、それにはこういうスキルが必要だから、興味があるならこの学習プログラムを受けてみてはどうか」といった具体的なアドバイスをすることが可能です。

 「MYCA」(マイカ、My Career Coach)というAIエージェントも導入しています。「自分は将来こうなりたい」「こんな仕事に興味がある」という情報を登録すると、そのキャリアパスを進むために必要なスキルや経験を示してくれます。

 そして、データサイエンティストになるためのスキルの充足率は現在40%で、あと60%足りない。ITアーキテクトを目指すなら現時点での充足率は70%、オーストラリアでそのポジションにエントリーできるといった情報も提供してくれます。

 マネージャーが部下一人ひとりに寄り添って、本人のキャリア目標にデータに基づくアドバイスを与えたり、適切なジョブ・オポチュニティを提供したりすることも、こうしたデジタルツールがあれば可能になるわけです。