企業がカルト化しかけているかどうかを、どこで見分けられるのだろう?

 言葉は大きな手がかりになる。一般に、企業カルトは帰属意識を強めるために、独自の用語を作り出す。たとえばディズニーでは、従業員を「キャスト」、顧客を「ゲスト」と呼ぶ。園内にいるときは「オンステージ」だ。アトラクションが故障などで停止したときのコードは「101」。

 さまざまな儀式も危険信号だ。すべてというわけではないが、問題があるものもある。

 何年も前、私がIBMに勤めていた頃、伝説的な初代CEOトーマス・ワトソン・シニア本人の依頼によるという、彼をほとんど神格化し、彼に捧げられた仰天すべき歌集を渡されたことがある。米国の最大手スーパーのウォルマートでは、ウォルマート・チアという全員参加のかけ声が、いまでも日課の一部だ。

 こうした儀式は欧米人の目にはいささか時代遅れに映るかもしれないが、アジアの少なからぬ数の企業では、いまなお、それが一つの特色である。ヤマハ発動機では1980年作詞の社歌がいまも歌い継がれ、精密機器メーカーの堀場製作所では社歌「Joy & Fun(おもしろおかしく)」が楽しげに歌われ、JR九州では昼休みに社歌「浪漫鉄道」を流している。

 最近、米国のある一流テクノロジー企業の週1回の「集会」に出席した。ホールは参加者で埋め尽くされ、セッションの冒頭に全員が大声で企業の名を3回叫んだ。あとで知ったのだが、これが慣例の開始の「チア」だという。

 続いて、私を招待してくれたCEOが週間功労賞を発表し、受賞者は割れんばかりの拍手で迎えられた。まるでキリスト教福音派のリバイバル集会に来たようだった。表彰後のバーベキューにはほとんど全員が参加したが、皆、服装は(CEOと同じく)黒とグレーで揃えていた。

 参加者の熱狂ぶりはたしかに感動的ですらあったが、翌週、何人かの管理職や従業員にインタビューしているうちに、ある疑念がわいてきた。

 ちょっとつついてみると、彼らには会社以外の生活があまりないことが明らかになった。別居中の人や離婚した人も少なくなかった。ある幹部は、帰宅は着替えのためだけで、会社のウェルネスセンターの設備を利用して、ずっと職場にいるほうがいいとさえ言った。こうした背景を踏まえると、毎週の集会のお祭り騒ぎも不気味な色彩を帯びてくる。