2018年11月、東京大学柏Ⅱキャンパス内に設立された産業技術総合研究所「人間拡張研究センター」が本格稼働した。人間とIT、ロボットを組み合わせることで、人間の能力を拡張するのが「人間拡張」の技術であるが、人間拡張研究センターでは、隣接する大学と連携し、地域住民の協力も得ながら、新しいサービスビジネスの創出に向け、社会実装研究を進めていくという。研究センター長の持丸正明氏にその戦略と人間拡張技術の可能性について伺った。

「人間拡張」は人をアクティブにするための支援システム

――産総研「人間拡張研究センター」が考える人間拡張技術には、どのような特徴があるのですか。

持丸 正明(もちまるまさあき)
産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 研究センター長

1988年、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒。1993年、慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了。博士(工学)。同年、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所入所。2001年、改組により、産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究ラボ副ラボ長。2010年、デジタルヒューマン工学研究センターセンター長、およびサービス工学研究センターセンター長を兼務。2015年より産業技術総合研究所人間情報研究部門部門長。2018年より人間拡張研究センター研究センター長。専門は人間工学、バイオメカニクス。人間機能・行動の計測・モデル化、産業応用などの研究に従事。

 人間がITやロボット技術を使うと身体能力が拡張し、パフォーマンスが向上します。ところが、「便利だね」ということでITやロボット技術を使っていくと、どんどん怠けるようになって、パフォーマンスは上がっているけれど、人そのものは弱っていきます。我々がこだわっているのは、使い続けることで人もどんどん強くなっていく、そんな技術です。「人に寄り添い、人を高める技術」を目指して、ウェアラブルなシステムからスタートし、最終的にはインビジブル(目に見えずにそばにある)なシステムを開発していきます。

 私は人間工学の研究に携わってきましたが、人というのは、環境を感知して運動を起こすシステムであると一般的には理解されていて、それを「刺激→反応(S-R)モデル」と呼んでいます。一方、人は刺激を受けて反応するだけでなく、環境を変えようとします。自分の力でどれだけ環境が変わったかを知覚して、自分の力を測っているシステムでもあります。そこで、ロボット技術やAR(拡張現実)、VR(仮想現実)技術などを活用し、能動的に環境に働きかければ、“超人感”ともいえる新たな身体感覚を得ることも可能です。これを「行為→結果知覚(A-P)モデル」と言います。人間拡張は人をアクティブにするための支援システムであり、我々は健康や介護、就労といった分野で産業応用を研究しています。

 たとえば、健康については、健康増進のため運動が必要だと言われていますが、運動習慣のある人の割合は10年以上横ばいです。我々の調査によると、「健康に対する意識が高く、設定した目標をクリアする達成感のために活動」する人の割合は3割に過ぎず、残りは「仲間との楽しい共体験のため」や「社会認知を得るため」「家族との共体験のため」に活動していました。であれば、共体験を高めることで健康増進行動を誘発できるのではないかと考え、「ゆるスポーツ」を使ったプロジェクトに取り組んでいます。参加者はIoTデバイスのついたスーツを着用して、共感度増強型の運動に取り組んでもらい、筋活動や生理活動を計測するとともに、共感度は彼らの表情から計測する仕組みです。これらの計測結果から、楽しみながら効果的に身体を使ってもらえるようなアドバイスが可能になります。

 人間拡張によって行動が変わるだけでなく、行動が人間の身体を変えるのか、といった研究についても理化学研究所と共同で取り組んでいます。身体を使って運動をしていると筋肉やじん帯が変わってくるのはご存じの通り。専門的にはリモデリングと言いますが、それが脳神経にも起こるかどうかを解明しているのです。実際にネズミを使った実験では、脳神経系に遺伝子の発現が起こることが明らかになりました。そこで、VRとソフトロボットスーツを組み合わせて運動を誘発し、結果的に人間の脳神経のリモデリングが起こせないかということを基礎研究としてやっています。