最新の事例や理論が求められるなか、時代を超えて読みつがれる理論がある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の過去の論文には、そのように評価される作品が無数に存在します。ここでは、著名経営者や識者に、おすすめのDHBRの過去論文を紹介していただきます。第13回は、BIOTOPE代表の佐宗邦威氏により、組織が構成員一人ひとりの創造性を活かし、また、個人が自分の創造性を最大限に発揮するヒントとなる論文が紹介されます。(構成/加藤年男、写真/鈴木愛子)

 私が『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)と出合ったのは、2008年、新卒で入社したプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&G)を退職した頃だったと記憶しています。リチャード・フロリダが書いた「クリエイティブ資本論」などを読み、これからの時代を表すキーワードに興味を惹かれたことを思い出します。

 P&Gは、優れたマーケティングを実践する会社としてよく知られています。実際、社内にはマーケティングに関するさまざまな知見が蓄積されていました。一方で、自社内でその方法論が強烈に共通化され、標準化されていくなかで、自分を含めて多くの人たちが同じプロセスを踏むようになっていることに違和感を覚えていました。

 前資生堂CMOの音部大輔さんや日本マクドナルドをV字回復させた足立光さん、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの再建で知られる森岡毅さんといった“P&Gマフィア”と呼ばれる個性の塊のような方々は、私より一世代上に当たります。先輩たちの時代にはそこまで標準化も進んでいなかったため、個が強い人が多かったと思います。それぞれのやり方で違いをつくる勝負をしている彼らのような世代に対して、違いをつくるという挑戦をする気持ち自体が湧きにくい状況でした。

 そんなモヤモヤを抱えていた27歳のとき、ダニエル・ピンクの『ハイコンセプト』を読み、自分に足りなかったものはこれかもしれないと感じました。言語脳とイメージ脳モードの違い、平たく言えば、いわゆる左脳的思考と右脳的思考の違いです。

 いまの自分を知っている人には信じてもらえないかもしれませんが、たとえばCMの絵コンテを選ぶときも、理詰めでメリットとデメリットばかりを考え、なかなか選ぶことができませんでした。クリエイティブを選ぶ際には論理をあまり追いかけず、「好き嫌い」で直感的に「これだ!」と選ぶことが鉄則なのですが、その頭の使い方をすることができなかったのです。

 そうしてP&Gを辞めてからは、私の関心はデザインや創造性に一気に振れました。その頃はまだ「デザイン思考」という言葉は世の中にほとんど流通していませんでしたが、例えるならば、脳の右半球という、それまで自分が使っていなかったであろう部分にフロンティアを感じ、その開拓に活路を見出そうとしたのです。

 DHBRの論文の中で実務の参考にした論文は何本もありますが、ここでは、かつてなく連続した変化が求められる時代において、個人の創造性を活かす組織のあり方が示された論文、そして、自律的に考え行動する個人が創造性を発揮する思考のヒントとなる論文を中心に紹介したいと思います。

個人の創造性を活かす
組織のあるべき姿を学ぶ

 ゲイリー・ハメルによる「マネジメント2.0」(DHBR2009年4月号)は、これからの企業や組織に起きうることを表現するうえで、自分の感覚と合致した経営論でした。この論文は、ソニーで平井一夫社長(当時)直轄の新規事業の創出と事業インキュベーションを全社的に支援するSAP(シード・アクセラレーション・プログラム)の設計図をつくる際、大いに参考にさせてもらいました。

 この論文では、マネジメントが次の時代に向かうための25の課題が挙げられています。「階層性の欠点を取り除く」「管理手段を刷新する」「多様性を高め、奨励する」「参加型の手法を用いて組織の方向性を決める」「アイデア、才能、経営資源の社内市場を設ける」「人材の想像力を解き放つ」などの考え方は、私が理想としていた組織の形です。

 ソニーはそれまで、事業戦略がトップダウンで立案されてきた会社でしたが、そのやり方はだんだんとうまくいかなくなっていました。製品・サービスが急速に進化し、グローバルでの競争が当たり前になった環境では、現場が必死になって革新的だと思う戦略を導き出したとしても、同じようなアイデアがすでに存在していたというケースが起こり始めたのです。

 私は、組織内で新規事業を検討する際には、既存のヒエラルキー型のモデルの中で特定のアイデアを磨き上げるシステムと、新しいアイデアをどんどん生み出して新陳代謝を促すシステムを併存させるべきだと考えていました。多様なアイデアが世の中のあちこちで生まれている現代においては、生物淘汰的な発想でアイデアを育て、あるいは殺していくシステムこそが、イノベーションを生むのではないかと思ったのですね。

「マネジメント2.0」は、トップダウンの意思決定だけに頼ることなく、一人ひとりが考えて行動することによって変化に対応するための組織のあり方が記されています。自分がイノベーションの現場で経験しながら学んだことが経営理論として語られており、そのとき直感的に感じたイメージを前進させる強力な後押しになりました。

「創発的戦略」で有名なヘンリー・ミンツバーグによる「戦略クラフティング」(DHBR2003年1月号)もソニー時代に出合った論文です。この論文もSAPで参考にしました。

 創発的戦略とは、「戦略は状況変化に即して形成されることもあれば、戦略立案から実施段階へと連続するプロセスを経て、論理的に策定されることもある」ことを前提に、いろいろな戦略を実行していくなかで生まれる直接的なアウトプットや副産物に基づいて判断し、やるべきことと、やるべきでないことを定めた結果として戦略が現れるという考え方です。そうして生まれた戦略をピックアップして形を整え、きちんとレビューしていくことが経営企画であり、それをシステムとして実現するマネジメントの必要性を説いています。

 創発的戦略の土台には、実はデザイン思考が回り続けています。詳細はのちほどお話ししますが、デザイン思考とは、知恵の品質を管理するとともに、新しいものを考えてつくるためのプロセスであり、言うなれば「創造のOS」です。

 たとえば、製品をプロトタイピングする構築主義的な考え方や、ビジュアルシンキング的な五感、特に視覚から情報を得て新しい知恵をつくることが創造OSの領域だと言えるでしょう。組織がそうしたOSを持つことで、言語だけを処理するよりも新しいものが生まれやすくなります。創造的戦略を実践することは、デザイン思考のプロセスを回すことでもあるのです。

 ハメルやミンツバーグが提示する理論が組織の裏側で常に動いているOSだとしたら、チャン・キムらによる「ブルー・オーシャン戦略」(DHBR2005年1月号)は、アプリケーションに当たります。ブルー・オーシャン戦略はイノベーションの文脈で言及されることが多いのですが、これは単なるイノベーションの方法論ではなく、インターネット時代における価値創造の戦略論ではないかと思います。

 ブルー・オーシャン戦略の重要なポイントは、自社のターゲットではないユーザー、すなわちノン・ユーザーに着目することです。「戦略キャンバス」を用いることで、既存のターゲット・ユーザーが享受する価値とは異なる価値を見出し、そのために必要な点を強化し、不要なものは取り払い、さらに何かを付け加えたりしながら、コスト削減と価値創造を同時に行うことを目指します。

 この考え方は、デザイン思考のプロセスとすごく相性がよいのです。なぜならデザイン思考は、マジョリティから少し外れたユーザーに目を向けることで新たな視点を獲得し、そこから得られたインサイトをもとにリソースを組み替えて新しい価値を定義する、というプロセスを内包するからです。

 多くの企業や組織は既存ユーザーばかり見ており、それ以外のマーケットを知る努力を怠りがちです。しかし、他のマーケットのユーザーにも目を向けることで、従来とは異なる価値を生み出すことが局面的に可能になる場合がある。私は、ブルー・オーシャン戦略を実践する意義をそのように理解しています。

 ただし、それはあくまでアクセントであることに注意が必要です。具体的なイメージとしては、ブルー・オーシャン戦略が、3年に1回実践すると効果を発揮するスポット的な戦略、言うなればアプリケーションであるのに対し、「マネジメント2.0」や「戦略クラフティング」は、変化を生み続けるマネジメントの方法論であり、動的平衡になってしまったネットワーク型社会におけるOSであると言えるでしょう。

一人ひとりが創造性を発揮する思考法を学ぶ

 私は、デザイン思考とは基本的に、破壊的イノベーションを生み出すためのものではなく、改善的イノベーションを生み出すためのプロセスであり、組織における共通言語だと考えています。知恵を生み続け、それを改善し続けるサイクルであり、QC(品質管理)に近いと言えるでしょう。

『ハーバード・ビジネス・レビュー』では2015年頃から、デザイン思考に関する論文が数多く発表されており、私が代表を務めるBIOTOPEでデザイン思考を実践する過程でも着目してきました。そのなかで、自分が現場で実践している感覚と非常に近かったのが、「デザイン思考で創造的解決を導く方法」(DHBR2019年6月号)です。

 この論文では、デザイン思考を通して「学習する組織」になることの強みが書かれています。デザイン思考をイノベーションのツールだと捉えてしまうと否定的な意見が出て当然だと思いますが、「デザイン思考で創造的解決を導く方法」では、知恵を改善し続けるための組織文化をつくるプロセスだと指摘されており、デザイン思考に対する公正な評価に基づく実戦論が示されています。

 自律した個人が知恵をつくり続け、あらゆる組織がネットワークになったとき、一個一個のノード(結節点)で知恵が常に生まれるシステムを内蔵している会社は本当に強い。P&Gの強さもそこにありました。デザイン思考をイノベーションの道具として捉えるのではなく、組織として変化を起こし続けるためのOSを動かす共通言語として活用することは、これからの時代で生き残るために最も大事なことだと思っています。

 ただし、改善的イノベーションのプロセスを徹底するだけでは十分とは言えません。私は、極めて個人的な関心、時に「妄想」とすら呼ばれる強烈な意志からスタートして創造性をドライブさせる思考法を「ビジョン思考」と名付けました。従来の「カイゼン思考」「戦略思考」「デザイン思考」とは異なる第4の思考であり、拙著『直感と論理をつなぐ思考法』で紹介しています。

 ビジョン思考が重要だと考える理由は、「組織の『存在意義』をデザインする」(DHBR2019年3月号)の中でも記しています。組織を「20世紀型」と「21世紀型」に分け、その存在意義や価値創造の違いを考察しています。

 20世紀型組織は、基本的にはスタティック(静的)であり、中期での変化を意図しない前提で戦略を「立案」します。それに対して21世紀型組織は、実現不可能とすら思われる壮大な理想を掲げ、それを外の世界に向けて積極的に発信することで、外部からヒト・モノ・カネ・チエを集めて、価値を創造するための環境をつくり出し、社内外との共創を通じて戦略が「創発」されます。

 その前提として、21世紀型組織では、組織のミッションやパーパスなどの大義をもとに大きなビジョンを発信するという、いわゆるビジョン思考的な思考法を実践している経営者が多いことが特徴です。また、経営者のビジョンに触発されて、組織としてミッションに適合した複数のビジョンが同時に発信されながら価値創造を行なっていることが重要になります。

 この論文では、すべての組織が21世紀型組織に変わるために、宗教の伝播をメタファーとして、経営モデルの骨格となるフレームワークを提示させていただきました。

 デザイン思考を一人ひとりに活用してもらうための方法論はたくさんありますが、それを実践する際の本質的課題に目を向けた論文として、「IDEO流 創造性を取り戻す4つの方法」(DHBR2014年10月号)は興味深い内容でした。

 この論文では、デザイン思考のハウツーではなく、より深い人間の創造性に着目しています。具体的には、創造性を阻害するものとして「やっかいな未知なるものへの恐れ」「評価されることへの恐れ」「第一歩を踏み出すことへの恐れ」「制御できなくなることの恐れ」という4つの恐れを例示し、それらを克服するためのメソッドをまとめています。

 私は、IDEOのデザイン思考の本質は、クリエイティブ・コンフィデンス(創造性に対する自信)にあると思っています。共著者の一人であるIDEO創業者デイビッド・ケリーは“guided mastery”(熟達へのガイド)という言葉を使っていますが、この論文は、自転車の初心者が転ばないように付ける補助輪のように、個人が創造性を発揮するうえでの補助輪の役割を果たします。

 自分の創造性に自信を持つことは本当に大切です。私がP&Gのマーケターだった頃、あるCMをテーマにした1時間のブレストで、たった3つしかアイデアを出せなかったことがありました。その理由は、上司から「評価されること」を恐れていたからです。私はそのときの経験がトラウマとなり、それ以来、自分は何かを生み出すことが苦手な人間だと完全に自信を失ってしまいました。

 ただ、そこからデザインメソッドを勉強したことで、アイデアがどんどん湧いてくるようになり、それこそ人生が変わるくらいの自信が芽生えました。以降、自分の妄想を形にすることが他人に受け入れられるという体験が増えていき、自己効力感や自己肯定感が高まっていったという経緯があります。

 これからますます、知識創造社会になっていくことは間違いありません。その社会の中で自信を持ってクリエイティブに励む人たちを増やすための方法論の一つが、デザイン思考です。そこには一歩ずつ階段を上りながら、知恵を完成させるプロセスが示されているからです。

 私自身が体験したように、自分の内なる創造性に自信を持てるようになるだけで、人生は大きく変わります。一人ひとりがそれぞれの持つ創造性を解放できるようになることは、事業でイノベーションを起こして利益を上げること以上に、これからの社会を生きるうえで大事なことではないでしょうか。

 最後に、さらに人間の本質に迫った論文として、ヤフーCSOの安宅和人さんが書かれた「知性の核心は知覚にある」(DHBR2017年5月号)をご紹介します。

 身体全体を使って考えることが知性の本質であるという考え方には、私も完全に同意します。実は、『直感と論理をつなぐ思考法』の企画を練っている際の初期の原型は、五感で考える「視覚思考」がテーマでした。

 当時、シンギュラリティ大学でムーンショットのような概念を知り、同時にニューロサイエンスなどにも触れました。その中で人工知能研究の権威であるレイ・カーツワイルによる『シンギュラリティは近い』にたどり着きましたが、その中では、人間の脳は直列型のコンピュータ回路に比べるとものすごく遅いけれど、いろいろなものとつながって同時発火できる超並列型の特性を持っていると書かれていました。

 その本を読んでから改めて、五感で考えるという、人間の脳の可能性をより科学的に理解したいという思いが湧いていました。安宅さんの論文に出合ったのは、そんなタイミングです。前半にある「情報処理のバリューチェーンと知覚の広がり」という力作の図表を見て、これはとても重要だと直感し、執筆の参考にもさせていただきました。

 その図表には、人間が知覚から認知に至るまでのプロセスの重要性について、詳細かつ体系的に示されています。そこで語られていることの意味は、私自身も経験として理解できました。デザインスクールで絵を描くトレーニングをしたとき、右脳的に捉えるのと左脳的に捉えるのでは、対象の見方に違いがあることを実感したのです。

 安宅さんは夢や妄想を実行することの価値を語られますが、ロジカル・シンキングを極め、脳科学の専門家がこう言うのだから、これを深掘りして実用化させればきっと価値あるものができるという勇気をもらいました。結果、人間の脳の特徴を最も生かした「妄想—知覚—組替—表現」というビジョン思考のサイクルが生まれています。この論文には安宅さんの魂が込められており、ぜひ一読してほしいと思います。

 DHBRの論文には、実務で効力を発揮した方法が理論化され、結晶化されています。イノベーションの現場のスピード感からすると、そこに書かれている内容は往々にして、遅れてやってくる面があることは確かです。しかし、特に経営レベルの大きな決断を下すときは、そこに確かな裏付けが必要とされるのも事実です。

 現場の経験が理論化された戦略論やマーケティング論、イノベーション論の存在は、いま取り組んでいるビジネスを自分なりにフレークワーク化して進化させるスピードを上げられるだけでなく、自分が実現したいことを経営層に理解してもらい説得するための素材としても、大いに役立つと考えています。