対立の回避は、優先順位付けに必要な厳しいトレードオフができないことを意味し、それが仕事量の増えすぎにつながる。そして、出来の悪い仕事ぶりが容認されることにもなり、他の社員がその尻ぬぐいをしなくてはならない。また、異なる意見や不満を安心して表明できず、ストレスと憤りが蓄積することになる。問題を俎上に載せ、建設的にそれに取り組む能力は、健全な企業文化を醸成するために不可欠なのだ。

 問題をうやむやにして損害を被るのは、エンゲージメントだけではない。対立の回避はビジネスにも悪影響を及ぼす。

 あなたのチームは、多すぎるプロジェクトに資源を薄く分散し、どれ一つ軌道に乗らないという傾向がないだろうか。サイロ(縦割りの壁)の中で安住し、イノベーションにつながる他者との交流の機会を逃していないだろうか。自社の計画にはたくさんのリスクや不確かな想定が潜んでいるのに、対立が生じるのを恐れ、話し合われぬままにされていないだろうか。自組織で対立を生産的に解決できないため、ビジネスに悪影響が及んでいる例は思い当たるだろうか。

 思い当たったとしても、それはあなただけではない。人は組織の前進に寄与する対立に向き合うよりも、さっと身をかわして対処を先送りにしがちだ。その結果、チームは「対立の負債」で身動きできなくなることが多い。

 対立の負債とは、議論されず未解決のまま、前進を妨げている問題群の総和だ。ここに含まれるのは、同僚によりよい仕事につながる建設的なフィードバックを与えないといった小さなものから、新商品ラインの拡大時期に関する戦略決定を先送りし続けるといった深刻なものまである。

 チームの対立の負債は返済しなければならないが、それは容易なことではない。問題は、対立を生産的に活用するスキルと考え方の両方が、チームに欠けている可能性が高いことだ。

 その第1の理由は、人間は生物学的に、仲間集団のメンバーとうまくやっていくようにできているためだ。第2に、人々は礼儀正しく振る舞うように社会化されている(私の祖母の口癖は「親切な言葉を言えなければ、黙っていなさい」だった)。

 第3に、人々は社会人の仲間入りをしたあと、同僚とうまくやっていれば報われるが、波風を立てると快く思われない。私もこれを、キャリアの初期に学んだ。働き始めてわずか3ヵ月の頃、顧客に渡すレポートでミスを犯した同僚に直接フィードバックを与えたら、上席者に叱責された。ミスを「犯した」同僚よりも、ミスを「指摘した」私の評判のほうが損なわれたのだ。人々に宿る対立への嫌悪は根深い。

 これまで、この問題に対する解決策は十分ではなかった。生産的な対立が少ないのは、スキル不足のせいだと見なされてきた。対立を建設的に解決するために使うべき適切な言葉を従業員に教えることを目的に、書籍や論文、教育プログラムが用いられてきた。

 残念ながら、そうした対立管理のスキルが役立つ局面を、私はめったに見ることがない。対立への嫌悪感は非常に強く、斬新かつ巧みな対立管理スキルをもってしても、議論を呼ぶ問題を提起できるようにはならない。対立を表面化させる勇気を奮い起こせるよう社員を手助けしても、難しい対話が求められる機会はあまりに多いため、ほとんどの人はすぐに疲労困憊してしまうのだ。