2019年3月、東京大学の駒場キャンパスの研究棟でファッションショーが開催された。モデルが着用したドレスはデザイナーとAIの共創によって生み出されたもので、ファッションというきわめてアナログ的な世界で、人間知能(HI)と人工知能(AI)の相互作用がもたらす可能性について提示することとなった。一連のプロジェクトを企画した、東京大学生産技術研究所の合原一幸教授に、今回の成果と新たな学問領域であるニューロインテリジェンスの取り組みについて伺った。

アナログ的なファッションの分野でも人間とAIの共生は可能だ

――ファッションデザイナーのエマ理永氏と共同で、「人間知能とAIの相互作用によるファッションの創発」に取り組まれましたが、今回のプロジェクトがスタートした経緯は。

合原 一幸(あいはらかずゆき)
東京大学 生産技術研究所 教授

1982年、東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了。1993年、東京大学工学部計数工学科助教授。1998年、東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻教授。1999年、東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻教授。2003年より東京大学生産技術研究所教授、さらに同最先端数理モデル連携研究センター長、東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻教授、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻教授などを兼任。東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構主任研究者、理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)特別顧問。脳、カオス、複雑系、ビッグデータなどに関連した数理的基礎問題を研究。

 2009年の秋ぐらいに、「数学を使ってドレスがつくれないですか」と彼女からメールをもらい、数学の分岐図を使えばドレスになると以前から思っていたので、「できますよ」と返事を出して、コラボレーションが始まり、2010年春の東京コレクションで発表したのが最初です。数学とファッションをテーマに、その後も学会で発表したり、イベントを開催したりして、議論を続けていくなかで、最近進歩が著しいAIの観点からファッションというテーマに一度きちんと取り組むと面白いのではないかという話になって、理化学研究所AIPとも連携して、今回のファッションショーとシンポジウムが企画されました。

――AIを活用して、新たなファッションをデザインするという今回の試みをどう評価しますか。また、どのような知見が得られましたか。

 結果的にできあがったドレスはすごくよかったと思っています。AI活用のプロセスについては、エマ理永さんが過去につくったドレスの写真をAIが学習して、AIが“エマ理永さんっぽい”ドレスをたくさん生成します。それをもう一度、彼女が見て、刺激を受けて、新たにドレスをデザインするというワンサイクルを回しました。AIが生成したデザインのなかには、100枚に1枚ぐらいエマ理永さんもびっくりするくらいのものがあったそうで、それくらいの割合で魅力的なデザインが生まれるのであれば、AIを活用する価値は十分にありそうです。できればもう何回か人間とAIのサイクルを回せればとも思っていますが、今回の企画で、最低限、人間知能とAIの相互作用は実現できたと考えています。

ファッションデザイナーのエマ理永氏とAIがデザインしたドレスの一例

 もう一つ、驚いたのはデザイナーの能力。AIから出てくるのは二次元の画像です。それを三次元のドレスにするのは、彼女じゃなきゃできない。そこのクリエイティビティについて、ファッションデザイナーはすごいなとあらためて感じました。今回デザインしたドレスのなかには、神経細胞電子回路が生み出す波形をモチーフにしたものもありましたが、元の画像はブラウン管に表示された単なる波形です。それを三次元のなかでどう配置するかは彼女のセンスであり、まだまだAIではできないことです。

――ファッションという創造性や感性が問われる領域でも、AI活用の余地はあるというわけですね。

 囲碁や将棋、ゲームなどでは、AI活用はものすごくうまくいきます。これらはそもそもルールがはっきりしていて、デジタル的な開発がしやすい。たとえば、囲碁は白と黒のパターンなので、コンピューターにデータを入れやすい。もはや囲碁では、人間はAIに勝つことができません。一方、ドレスのような、ある意味アナログ的な世界のなかで、なおかつ美や感性、創造性などが問われる分野で、どこまでAIが有効なのかを見てみたかったというのが今回のプロジェクトの目的でもあります。そういった意味では、わりとうまくいったと思います。