ディープテック成功のために
企業を変える3つのポイント

 日本の研究開発投資額は、横ばいとはいえ、いまだに世界3位である。日本企業の内部留保額も過去最高水準といわれるいま、多くの企業にはディープテックを育む素地が残っている。

 では、MBA的な経営のしがらみから大企業が脱却するにはどうすべきか。筆者は、過去の日本企業の強みを懐古しろといっているわけではない。企業内部のみからディープテックのイノベーションを生むだけではなく、別の新しい形を模索することを考えることが必要だ。

 そのための鍵は、リスクが取れる環境や、多くの失敗ができる環境を、外部に用意することにある。まず、大企業のしがらみから解き放つため、旧来型の意思決定のルールなどをイノベーションの領域から切り離すことだ。

 現在、多くの日本企業では、オープンイノベーションや新規事業が非常に盛んになっている。企業が主体となったコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を設立する企業が増え、ブームという状況すらうかがえる。だが、いまのブームに乗ってベンチャー企業との連携や投資・買収を行うのみでは足りない。次の3つの内容を連動していくことが鍵であろう。

 意思決定を分離する

「売上規模が全然わからないような事業に踏み込むことが難しい」
「初期段階では売上が数十億円しか見込めない」
「売上が100億円以上見込めないと当社の中では事業といない」
「当社事業とのシナジーは」
「当社の企業文化と合う当社らしい事業か」

 これらは新規事業を担当する企業の方からよく聞く話である。

 売上高が数十億円規模というのは、大手企業からすれば新規事業として容認されない規模感だ。1兆円規模以上の会社であればやはり100億円の事業規模がなければ新規として認めるには小さすぎると見なされる。

 しかしながら、スタートアップとしてみれば、数十億円規模でも立派な数字であり、そのような新規事業になっているのならば、是非、より大きく、花を開かせるまで成長を見届けることだ。これが自社の既存事業の延長線上にはないものならば、なおのことで、関係性が薄いと思われる事業から次に大きく花咲く可能性があるからだ。

 企業のしがらみから脱却するには、リスクが取れる環境や多くの失敗ができる環境を、企業のルールからは切り離し、別の組織として作る必要がある。これはよくあるCVCや特定の会社に向けたアクセラレーターなどのように、その会社の事業の拡大に資する形で行うという、最近もてはやされる方法ではない。

 筆者の提案するのは、「スタートアップスタジオ」である。これは、たとえば第2回でPlayground globalを取り上げたように、海外では100以上あるスタートアップ自体を生み出す組織形態である。

 スタートアップスタジオでは、スタートアップに必要なチームを編成して、スタートアップ自体を一から作り上げる。資金・人材調達、事業設計、製品開発、マーケティングなど、企業が成長する際に必要な機能を全面的に支援し、スタートアップの設立と成長を支援し、多くのスタートアップを次々と生み出していく組織である。

 こうした外部組織に多数の企業が参加して成長するという形態もあるのではないか。たとえば、大企業から幹部候補の若手社員が出向し、ここで新規事業にチャレンジする。参加する各企業の意思決定のルールから完全に分離して挑戦する環境を用意するのだ。

 失敗をノウハウとして蓄積する

 既に述べたように、新規事業は非常に高い確率で失敗するし、それはスタートアップであっても例外ではない。みな当然ながら大きな成功を目指して始めるが、ほとんどが失敗することを踏まえる必要がある。

 筆者は、失敗にこそ今後に活きるような非常に多くのノウハウが詰まっており、それを蓄積することが次世代のリーダー人材の育成につながると考える。

 そこで、意思決定を外部に分離し、新規事業をスタートしたと仮定しよう。その場合、新規事業に取り組むメンバーがやりたいことや自分たちの価値観を、スタートアップの起業家と同様に、自らの提案としてお客さんやパートナー企業に出していくのである。

 自分がやりたいことをやりたい方法でできるということは、当事者意識を高く持ち、しかも責任も伴って、事業を進めることができる。そこでの失敗は、自らの意思決定や、力不足や運などによるものである。たとえチャレンジに失敗しても、非常に大きな経験値として本人に蓄積されるであろう。

 また既存事業を大きくするための仕事ではなく、なにもないところを開拓していくので、企業の内部にいると通常は遭遇できない多様な経験を積むことができる。

 このような経験をした社員は、スタートアップを経験した人材というキャリアになるため、その後のスタートアップとの提携や投資、そして買収を行う際に大きな力を発揮するであろう。そしてこのような多様な経験を積んだ人材は、リスクを取ることに慣れていない大企業の経営人材として、必要なピースとしてはまるのではないか。

 成功だけでなく、失敗を経験したメンバーは、失敗事例をきちんとレポートなどにまとめて振り返ること、そしてそれを企業内に共有して、ナレッジとして蓄積することが大切である。

 筆者もベンチャーキャピタリストとして、多くの投資先で失敗例をたくさん見てきている。中には、過去事例と同じパターンで失敗に至る可能性が予見されるスタートアップも多く、事例を共有できる範囲で話し、同じ轍を踏まないようにしている。

 ただしこの時に注意すべきは、失敗事例をまとめる際に必要以上に失敗を責め立てないように気をつけることだ。

 筆者は現在、上記については具体的なプランを検討しており、今後明らかにしていく。

 そして、もう一つ重要なことがある。それがグローバルのスタートアップエコシステムを活用し、文化や国籍、人種を含めた人材の多様性と流動性を活性化させていくことだ。これがディープテックのイノベーションを増やす、日本なりの秘策ではないかと筆者は考えている。詳細は次回、述べよう。

 

中島徹(Tetsu Nakajima)
東芝に入社後、研究開発センターにて無線通信の研究・無線LANの国際規格の標準化・半導体チップ開発業務に従事し、数十件の特許を取得。2009年から産業革新機構に参画し、ベンチャーキャピタリストとして、WHILLやイノフィス等、日本と米国シリコンバレーでロボティクス、IT、ソフトウエア系の出資を手掛ける。エンジニア経験を生かして投資先の業績改善にハンズオンでコミットし、中村超硬の上場や複数のスタートアップの売却などを実現。2016年にMistletoeに参画、2017年11月よりChief Investment Officerとして12ヵ国での投資活動の全般を統括。日本や米国シリコンバレー、欧州の有力な投資家・起業家とのネットワークを有する。北海道大学工学部、同大学院工学研究科修士、グロービス経営大学院修士。