ディープテック企業としての輝きを失った多くの日本企業はどのようにして、復活を果たせるのだろうか。それにはMBA的な数値管理の世界から脱却し、スタートアップ企業の発想や実践に学ぶことが重要だ。企業においての新規事業の花を咲かせるために何が必要なのか、連載第4回をお届けする。

思考停止に陥った日本企業
MBAの罪とは何か

 前回も書いたように、当時の日本企業には経営者やマネジメント層の中には、「エンジェル投資家」の役割を担った人々がいた。

「ダメかもしれないけど、面白いことをやっているからいいじゃないか」「全体で儲かっているんだから、それぐらいやらせてみよう」という「賭け」が技術投資において盛んに行われた。

 当然、少なからずの失敗があったはずだが、東芝の例でいえば、NAND型フラッシュメモリ事業が芽を出す前に、100億円規模の損失が容認された。

 それが企業留学でMBAを取得する人が増え、コンサルティングファームが企業の経営企画部門を大きくサポートをしはじめると、大きく以下の3つの変化が起きた。

(1)機械的な数値管理の導入
(2)減点主義の人事評価制度の導入
(3)顧客中心という名の思考停止

 筆者もMBAを取得しており、MBA教育やその取得者による経営サポートが悪いといっているのではない。むしろ、MBAを礼賛することで、企業経営幹部がその表層的な部分のみを導入し、自分たちなりのやり方を考えなくなってしまった、つまり思考停止に陥ったのではないかと思う。以下、具体的に述べていこう。

 (1)機械的な数値管理

 近年では、管理部門が細部まで可視化し、部門を横断した数値による経営管理が浸透している。その結果として「面白いことをやっている」というだけでは説明がつきにくいチャレンジがしにくくなった。

 それも、経営効率化という名のもと、主に短期的な成果を目標にして、数値を機械的に判断していく文化ができてしまったからだ。フレームワークを使った分析に多大な時間を使い、あらゆることを数値で管理するようになり、チャレンジにつながるような具体的なアクションを起こしにくい環境になっていった。

 そして企業のマネジメント層には、チャレンジしたというよりも、数値管理をしっかりとした人材があてられるようになった。そのため、冷や汗の出るような大失敗を経験した人材が相対的に少なくなってしまった。失敗してでも挑戦するという文化が衰退したため、ディープテックのように、非常に時間がかかり、しかも当初から説明がつかないようなチャレンジが容認されなくなっていった。

 東芝のNAND型フラッシュメモリは、「ハードディスクを置き換える」と掲げてスタートし、それが実現したのは20年後である。いまでは多くのパソコンに記憶装置として入っているが、当初は何年も失敗が続いた。デジタルカメラをはじめとする組み込み分野で収益化し、首をつないでいた。それだけ苦労をし続けたのだ。

 このようにディープテック型のイノベーションを起こすには、長い期間、徹底して製品研究や開発をやらなければならない。2、3年間、上手くいかないからといって、「何をやっているのか」と管理部門がストップしてしまうのでは、特に研究所で行うようなディープテックの芽を潰してしまう恐れがある。

 一方で、筆者が経営企画や新規事業企画、オープンイノベーション部門などの方々と新規事業について話すと、「他社はどうやっているんですか」「他のオプションと網羅的に比較します」「他社もやっているやり方のほうがいいんです」といったコメントを頂くことが多い。

 だが、考えていただきたい。他社と同じことをして、どうやったら出し抜けるのであろうか。自社の独自性があるイノベーティブなことを、他社と横並びのやり方でなぜできるのだろうか。リスクや他のオプションの比較ばかりをして行動が伴わないのでは、チャンスを逸してしまうのではないか。

 (2)減点主義の人事評価制度

 管理が徹底しているゆえに、人事評価もバランススコアカードなどの方法で効率的に管理されている。そのため、失敗すると「失敗者」として減点され、評価が悪化し、昇進に悪影響を及ぼす。それが失敗を恐れる文化の醸成につながる。

 こうなると、未知の領域に飛び込むようなチャレンジをする人材が減ってしまうし、チャレンジした人材の失敗による学びを得て、それを活用することもできなくなってしまう。

 実は、ディープテックを伴う研究開発ベースの新規事業の成功率は、ベンチャーキャピタルによる投資の場合、およそ10%といわれている。各ファンドの運営方針などによって違う部分はあるだろうが、10社に投資した中で1社のホームランの案件が出ればファンドとして成功する。他が全部、失敗するわけではないが、大きく成功する割合は10%であり、これでよしと考えているということだ。

 果たして現在、管理部門として、新規事業開拓案件の「打率1割」が容認できるであろうか。たとえば、10件の新規事業プロジェクトがあり、その中から1件が成功したとしよう。おそらく、「1件しか成功が出ていない。残りは何をやっているんだ」と新規事業室のマネージャーは上司に吊し上げにあうことだろう。

 9件のプロジェクトで失敗したチームメンバーとリーダーは、人事評価システム上では大きなマイナスとなり、場合によってはその後の出世は極めて難しくなってしまう。このような減点主義の人事評価の中では、「リスクを取りチャレンジをしろ!」と号令をかけても機能しない。結果として、他社や他事例と比較してリスクを最小限化することに多くの時間を要してしまうのである。

 しかしながら、失敗事例というのは、学びの宝庫なのである。何度か失敗した人がプロジェクトリーダーやマネージャーをやるからこそ上手くいくし、失敗の修羅場をたくさんかいくぐってきた経験があるからこそ、より大きな成果が生める。多くの企業では、人事評価制度によって、この手の機会を奪ってしまっている。

 (3)顧客中心という名の思考停止

 日本には「おもてなし」の精神があり、顧客のニーズをしっかりと反映した製品の開発を心がけてきた。そして、非常に性能が良く、壊れないという日本製品を生んできた。Made In Japanのブランドは、確かにそれで高い地位を築いた。

 だが、余りにも性能が高くて壊れない製品にした結果、「コストが大きく上がる」「開発に非常に時間がかかってしまう」ということが往々にして起きている。高品質を支える社内基準ができ、新規事業の場合でもその高い基準に沿わねばならなくなった。社内基準をクリアするために、開発や設計に非常に時間がかかるようになり、すぐに製品を出して顧客基盤を広げるといったことがなかなかできないシステムになった。

 前回も述べたように、「やりたいと思ったことがあってもできないんです。お客さまの声や上司に止められて……」という悩みが現場にはある。顧客の声を聞く姿勢に間違いはないが、直接的な声である「コストを安くして欲しい」や「製品は長持ちして欲しい」という、表面的な顧客ニーズを捉えてしまい、潜在的なニーズまで探れていないのではないかと思う。

 その一方で、本来、「こんなことをしたら便利だ、面白い」というエンジニアや作り手の思いを反映した製品が、採用されにくくなっている。顧客ニーズだけを聞いていたら、そんな製品は出ないが、顧客の声を聞くと、結局のところ、コストが安く、機能性を高め、製品の耐久性を増すというものにしなければならないだろう。

 ニーズが顕在化していなくとも、提案型のエンジニアによる製品を市場投入し、反応を見る。多少、完璧な状況ではなく壊れたとしても交換で対応したり、ソフトウエアアップデートで対応したりする。このような、性能や品質に対する「割り切り」がなくなっていったようだ。顧客ニーズを大切にしておけばいいという思考停止が原因で、潜在ニーズに対する提案が行えなくなっているのだ。