経験そのものが価値を持つとき、問われるのは自分自身のデザイン

――デジタルテクノロジーの進展がもたらすインパクトについて、どうお考えですか。

 我々のやっている身体性メディアについていうと、人間の身体がメディアになる。つまり、人間の経験をVRや触覚のテクノロジーでデータに変換し、流通できるようになると、身体的経験そのものが価値を生み出すのではないかと考えています。

 たとえば、アスリートのような特殊な能力を持った人の経験を共有することで、人間の能力を高めることが可能ですし、障がいを持っている方の不便をなくすこともできるでしょう。眼鏡のようにファッションと同じぐらいの技術で、人の能力や感覚をサポートしたり、高めたり、あるいはほかの人の感覚をコピーしたりできる。自分の身体や感覚を自由自在にデザインできる、そんな時代が始まりつつあると思います。

 身体だけの話ではなくて、コミュニケーションのあり方も大きく変わってくるでしょう。社会のなかで、自分の特性を活かした仕事がしたい、あるいはだれかとコラボレーションし特技を組み合わせれば問題が解決するというときに、コミュニティが小さい場合は、人同士がふれあいながらコミュニケーションし、お互いを理解することができます。ところがコミュニティが大きくなると、ルールベースで担保された世界が形成され、人同士が直接ふれあうことがなくなります。インターネットやSNSによって、地球の裏側までつながるようになりましたが、そこには相手の存在感やふれあいはありません。

 人がコミュニティや社会をつくるときに、身体はどういうふうに関与しているのか。それをデジタルテクノロジーでデータ変換し、流通させることで、コミュニケーションを円滑にすること。それと、前述のように、日常生活のなかで感じる人々の身体に起因する不自由や制約をなくすというのが我々の究極の目標です。

――そうした、少し先の未来において、私たちが持つべき視点や考え方とは。

 人との違い、ユニークさをつくるのは、その人の経験の積み重ねです。経験が価値になると、それが顕著になっていくでしょう。経験を得る手段も変わってきます。物理的にそこに行って経験するだけではなく、昔なら本を読んでいたようにVRで体験するようになるかもしれません。自分の経験というものが、いままで以上に密度濃く積み重ねられるような世界なると思いますが、そこでは、どういうふうに自分の経験の積分値をデザインしていくか、自分自身のデザインについて意識的に取り組んでいく必要があります。それができる人はビジネスにおいても、生活においても強みを発揮することができるでしょう。

 たとえば、VRの一分野にテレイグジスタンス(遠隔存在)がありますが、テレイグジスタンスでは人の分身ロボットを別の場所に置いて、自分と分身を通信でつないでいます。いままでは自分自身が物理的に移動しなければ何かができませんでしたが、分身ロボットが十分に進化すれば、その必要はなくなります。自分が移動しなくても、自分の価値や経験、スキルを転送して、分身ロボットが活動できるようになるので、満員電車に乗って移動している時間は価値を生んでいないと考えるなら、その部分は切り捨てて、自分自身は自然豊かな場所で家族と一緒に楽しく過ごすことができる。いままでは物理的な距離が制約になっていましたが、それが取り払われることによって、もっと自分の好きな生き方がデザインできるということです。

(構成/堀田栄治 撮影/宇佐見利明)