バスケットボールの試合の“臨場感”を遠隔地のイベント会場に伝送

――「TECHTILE toolkit」の反響はいかがでしたか。

 けっこうリアルな感覚が簡単に伝わってくるので、最初の反応でみなさん「おおっ!」となります(笑)。触覚の難しいところは体験してもらわないとわからないということ。ただ、体験するハードルは「TECHTILE toolkit」でだいぶ下がったのではないでしょうか。子どもでも簡単に触覚を取り出して、別のところにコピーすることができますし、美術館や科学館、企業などに300個くらい配っていて、ざっと100万人の人には体験いただいていると思います。触覚をデザインして新しいものをつくり出すことによって、自分の仕事にどうつながるかとか、生活のなかのちょっとした不便をどう解消するかといったことを考える人も増えてきて、製品化、サービス化に向けた企業との共同研究も進んでいます。

――直近の成果には、どのようなものがありますか。

 ソニーがプレイステーションVR(PSVR)を発売する際に、ゲーム会社のEhananceやクリエイティブカンパニーのRhizomatiksとの共同プロジェクトとして、顔や頭だけでなく、身体中でゲームのなかの世界に入り込めるような全身触覚スーツをつくって、ローンチイベントやゲームショーで発表しました。PSVRがつくり出す未来にはこういった姿があるという、モーターショーでいうコンセプトカーみたいなものです。ゲームのコンテンツと組み合わせて、どういう感覚がどういうタイミングで来ると気持ちいいのかとか、どういうアクションとどういう感覚が紐づいていくと、そこにのめり込めるのかということを議論しながらデザインしていった最初の大きな事例です。

 2018年と2019年に行われたプロバスケットボールBリーグのオールスター戦では、触覚の伝送技術を使ってライブビューイングも開催しました。試合会場となった熊本や富山の体育館にセンサーを設置して、その感覚を東京のライブビューイング会場に送り、会場の床を揺らすというものです。バスケットボールは非常にわかりやすくて、ドリブルや選手のフットワークが振動としてそのまま伝わってくるので、実際には何百キロも離れているのですが、間近で観戦しているような臨場感を味わうことができるような体験を提供することができました。

――工学部の研究室から生まれる技術は複雑で高価になりがち。社会実装に向けてはデザイナーやクリエイター、企業など、幅広い関係者との共創がカギになるということでしょうか。

 メディアデザイン研究科の学生は、デザイン、美大卒の人間と、高専、情報工学科出身のテクノロジー系の人間、いわゆる文系の人間、社会人経験者がそれぞれ4分の1ずつぐらいいて、その半分以上が留学生です。文化も違えば、年代も専門性も違います。バックグラウンドが異なる人間が集まって一緒に活動するとなると、自然とそうした雰囲気が生まれます。

 いわゆる工学部と違うのは、テクノロジーだけではなく、デザイン、マネジメント(ビジネス)、さらにはポリシー(社会制度設計)の4つのスキルを基礎教養としている点です。もっとも、専門家としてこれらすべてを兼ね備えることは難しいでしょうから、1つでも自分の得意領域を究めて、相手の得意領域を理解したうえで、両者をつなげられるような能力を教育しています。

 ダイバーシティやディシプリンの異なる人間同士のコラボレーションは、最初は衝突するものです。衝突も含めて、もみくちゃになりながら経験していくというのが、メディアデザイン研究科の教育スタンスです。異なるディシプリンの人間とコラボレーションをして、お互いの強みを活かしながら新しいものを生み出し、さらにフィールドとも連携してインプリメンテーション(実装)、デプロイ(展開)していく能力がますます重要になっています。

 ですから企業のみなさんにお伝えしているのは、仕様書で発注するような受託案件には我々は興味ありません。みなさんがお持ちの課題意識や問題意識、フィールドがあって、それに対して我々がどう貢献できるのかを議論するところから一緒にやりましょう、と。交り合いながらプロトタイプをつくって、ユーザーに届けるところまでを一緒にやっていくことが大切だと思います。