フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグの名前を知らない人は、ほとんどいないだろう。世界を変革した起業家として大きな注目を浴びる一方、個人情報の不正利用が指摘されるなど、同社のビジネスのやり方に対する批判の声は根強い。ザッカーバーグは、経営上の責任を取って退任すべきなのか。それとも、真に偉大な指導者へと変貌を遂げることができるのだろうか。


 マーク・ザッカーバーグは、フェイスブックのCEOおよび(あるいは)会長の座を退くべきだろうか。批評家だけでなく、株主までもがそう促している。次に示す、2つの極端な見解のいずれかを指示したくなるかもしれない。「彼の所業はひどすぎるので、退任する潮時である」か、「起業家が、成功に不可欠な一意専心ぶりを見せているだけだ。口出しすべきでない」のどちらかである。

 だが、状況はもう少し複雑である、と私は言いたい。私から見ると、問題の核心は、「ザッカーバーグはCEOとして思考をシフトし、真に新しい時代を始められるのか、それとも、彼がフェイスブックを去って初めて新しい時代が始まるのか」である。

 思考のシフトとは、どのようなものか。それが意味するのは、フェイスブックの20憶超のユーザーを最大限に収益化するために尽力することと、相応の敬意をもってユーザー(あるいは彼自身が築いたプラットフォーム)を遇することは同じではない、と考えることだろう。

 また、次の2つを認識することも意味するはずだ。1つ目は、スナップチャットなどの競合他社を批判することは人間の利益に反するということ。2つ目は、たとえザッカーバーグが、フェイスブックはメディア企業であると信じたくなくても、フェイスブックが単なる中立的な立場の技術プラットフォームであると主張し続けることは、重要な社会的責任を放棄しているということだ。

 すなわち彼は、CEOかつ偉大な指導者となるよう、思考をシフトしなければならないのである。

 このようなシフトは可能だろうか。