グローバル化が圧倒的な勢いで進むなか、自分が生まれた国や地域にとらわれずに活動することは、もはや珍しいことではない。INSEADのリンダ・ブリム教授は、そうした人材を「グローバル・コスモポリタン」(Global Cosmopolitans)と称した。本連載では、米国、英国、フランス、スイスなどさまざまな国で学び、働いた経験を持つ京都大学の河合江理子教授が、日本発のグローバル・コスモポリタンを紹介する。米国で製薬会社を立ち上げて新薬の開発・普及に成功し、『フォーブス』誌が選ぶ「米国自力成功女性50名」に日本人で唯一選出され、現在は芸術・科学・社会起業を支援するS&R財団共同創業者なども務める、久能祐子氏との対談後編。

ワースト・ケースを想定し、
それを忘れて全力で行動に移す

河合江理子(以下、河合):久能さんのように、リスクを取って起業のようなチャレンジできる人がいる一方で、なかなか踏み出せない人もいます。前者のような人たちは、どんな資質や特徴を備えていると思いますか。久能さんは以前、チャレンジする際の心の持ち方として、明るく、前向きに、足元を固めて、のびやかに、という話をされていたのが印象的に残っています。

久能祐子(以下、久能):明るく、前向きに、足元を固めて、のびやかに。それはたしかに、よく言っています。足元を固めてというメッセージはわかりにくいかもしれませんが、これはワースト・ケース・シナリオを決めましょうということです。そのほうが、リスクを取りやすい。

 リスクテイカーになるにはまず、リスクの大きさを正しく測ることが重要です。ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンとよく言いますが、多くの人が、リスクの高い挑戦をすればリターンも大きいとだけ捉えているように思います。リターンを得られるのはあくまで、成功したときだけだということを忘れていませんか。同じように、ローリスク・ローリターンの場合も、うまくいかなかったときはノーリターンです。リスクを負う以上、失敗したら何も得られないという点では、どちらも同じなんです。

 そうであれば、ノーリターンだった場合を考えておくことが重要です。新しい仕事を始める前に戻るのであれば、それほど大きな問題はないかもしれません。多少の貯金があれば、生きるだけならしばらくは大丈夫だと思えます。そうしたワーストケースを事前に決めておくことで、リスクテイク自体がそれほど怖くなくなります。

 ただし、ワーストケースを考えたうえで、それを意識的に忘れることも大事です。すべて忘れたうえで、実際の挑戦を始める。のびやかにやるのというのは、その中でのベスト・ケースにチャレンジするということです。

 実際には、リスクにもリターンにも段階があり、100%の成功も、100%の失敗もありません。自分がどのような選択肢を取っているのか、それを理解していることが大事ではないでしょうか。

河合:失敗を恐れて消極的に考えていると、どうしても失敗を回避する方向にエネルギーが取られてしまうということですね。他に必要なマインドセットはありますか。

久能:仕事人生を通して7回はリスクを取るチャンスがある、という話を聞いたことがあります。だいたい7年に1回のペースですね。大学を卒業してすぐのタイミングで機会が訪れれば、30歳くらいでもう1度きて、30代の終わりに次がやってくる。

 要するに、たった1回の選択の結果をそれほど気にすることはない。あるときにローリスクを選んだからといって、もうハイリスクの選択肢を取れないということはありません。逆も同じです。

 リスクを取るチャンスは一度ではないということと、ハイリスクとローリスクのどちらを選んでもうまくいかないケースがあるということ、その2つは知っておくべきではないでしょうか。

 また、起業家もそうですし、あるいは起業家をサポートする人たちにも、いくつかのコア・バリューがあると感じています。たとえば、楽観的であること。リスクテイカーであることは、まさにこれです。それからニンブル(nimble)、日本語で小回りが利くという意味ですが、間違っていると思ったらすぐにそのやり方を変えられることです。緊急事態に迅速に対応できる力でもあります。

 ハンブル(humble)、つまり謙虚であることも大切です。さらに、私がよく言っていることにナーチャリング(nurturing)、すなわち互いに尊敬し合い、互いを成長させる気持ちも必要だと思います。

河合:楽観的で、小回りが利いて、謙虚で、互いを尊敬して育て上げるという価値観は、当たり前のように思えますが意外と実践されていないとも感じます。特に上下関係がはっきりした日本のような社会では、上司はどっしりと構えて、ある程度の権威を示すことが期待されるようなことがまだまだあります。これからの日本では、おっしゃるような新しい価値観がもっと広がるといいですよね。

久能:過去の成功を振り返らないことも大切だと思います。最近の研究によると、ほとんどの場合、成功はたまたまだと言われています。過去に成功したことと、いまの自分が成功できるかは関係ない。そう考えて前だけを見る。過去の失敗もよい教訓だったと思い、同じように前を見ることが大事でしょう。

 もう1つ、自分の力で変えられないことには悩まないこと。ただし、これは起業家に特有の姿勢とも言えますが、彼らは自分が変えるべきだと考えていて、実際に変えられる可能性があることはすべて変えます。そして、それを続けていると、当初は変えられないと思っていたことが、変えられるようになります。

 たとえば、1年目には変えられないことが8つあり、変えられることが2つしかないとすれば、まずはその2つに集中する。そうすると、次の年にはもう少し、さらに次の年はと繰り返していくと、自分で変えられることが増えていくのです。

 ある程度の年齢から起業した人は生活に余裕があり、経済的なリスクを取りやすいですが、起業する前の生活と比べたり、あのときはよかったのにと後悔したりするのであれば、起業する意味自体がありません。なぜなら、本当は現状を変える必要がないと思っていたからです。

 起業とは、変えるべきことをすべて変えるために、変革を起こすためにやるものです。

他人に頼っていいのは最初の起業だけ

河合:私は自著『自分の小さな「鳥かご」から飛び立ちなさい』の中で、自分が仕事と人間関係で悩んでいたとき、コーチのアドバイスによって、安定的で待遇面でも恵まれていた仕事を辞める決意ができた経験について書きました。自分の状況を客観視できなくなったとき、あるいは未知の世界への挑戦を始めるときなど、優秀なコーチやメンターは力を与えてくれます。久能さんが米国で最初に起業されたとき、そうした存在はいましたか。

久能:メンターはいませんでした。ただ、私がすごく幸運だったのは、京都大学というエコシステムが機能していたことです。これまでドイツに行ったり、米国に行ったりしましたが、たくさんの人が教えてくれ、励ましてくれ、褒めてくれました。

 これは私の考え方ですが、メンターという存在は、最初の一歩を踏み出すときは大事だと思います。たとえば、初めて起業するときですね。ただ、2回目からは、それほど重要ではないと思います。むしろ、そこで頼れてしまう人がいることがよくありません。

 正確には、いなくてもやれるべきだと思います。本気でやろうと思っているライバルたちは、ゴールだけを見て走っているわけですからね。自分を取り巻く条件をきれいにしすぎないことが大事です。言い換えれば、一人でも前に進む覚悟を持つべきでしょう。

 2回目以降の挑戦では自分との対話を行うこと、すなわちセルフメンターです。あるいは、その頃になれば、自分の部下や、これから起業しようとしている人たちと相互にメンターの役割を果たす。自分の場合は、そうしたケースが多かったように思います。

河合:久能さんが米国のワシントンD.C.に設立された、社会起業家のためのインキュベーションセンターであるハルシオンでは、若い起業家のためにメンター制度を設けていると思います。それはどのような意味合いを持つのでしょうか。

久能:たしかにメンター制度はありますけど、うまくいかなかったらメンターの側を替えています(笑)。誰に学ぶかを選ぶのは起業家たちです。メンターがすべてできるということは、絶対にありません。メンターが必要であれば自分で選べますし、必要なければそのまま一人でやってもらいます。

 私は、メンターが教師になってはいけないと思っています。教えてはいけない。メンターの役割は基本的に、自分がやってきたことを話すだけです。それに影響を受けた人たちが、みずからの意志で実行することが大事ではないでしょうか。そもそも、米国でteachingというと、とても嫌がられますよね。「この人は何なの」と(笑)。

 私の場合は特に、米国に行った時点で40歳を過ぎていました。そうなると、自分はこの理念を追求したいという思いがあり、スタートアップという形でそれを実現させようと考えているわけです。自分の志がすごくはっきりしていたことも、セルフメンターがより重要だと考える理由かもしれません。

河合:私も学生たちを見ていて思いますが、自分たちで考え、自分たちの意志で動いているときが一番楽しそうですし、熱心だと思います。いまはかなりの知識がインターネットで簡単に手にいれられる時代なので、教員も変わる必要がある。メンターの側は、教えるということの意味を真剣に考えていかなければなりませんね。

ビッグ・ビジョン、スモール・ステップ

河合:久能さんがされている創薬の仕事は、大変な時間とコストを要するプロジェクトです。多くの重要な決断を下されてきたと思いますが、その際の判断軸は何でしょうか。

久能:私は「ビッグ・ビジョン、スモール・ステップ」と言っていますが、最終的に自分はこうありたい、世の中がこうあってほしいというゴールを描くことから始めます。ただ、ビジョンを語っているだけではまったく前に進めないので、具体的に何をすべきかとスモール・ステップを決定し、実際に行動するわけです。

 創薬の世界は1つしか選べません。何をするかを決めるまでに、短くても数ヵ月、長いときは数年単位の時間をかけます。シナリオは100近く考えると思いますが、決めるときは1つだけ。そうしたプロセスを経て選んだのであれば、もう迷ってはいけない。

 ビジョンで定めた方角に向かって、壁に当たるまでは迷わず、歩き続ける。今日しかない、今日できることをやろうと信じて、突き進む。

 壁まで到達したら、そこで初めて立ち止まります。そして、壁の横に穴が開いているかもしれないし、その壁を乗り越えられるかもしれないし、その壁が倒れるかもしれないと考えながら、何かが見つかるまで待つんです。その段階では、待っている状態に耐えられること、もやもやした状況に耐えられるかが問われます。

河合:チンパンジーの研究家として著名で、登山家でもある京都大学の松沢哲郎先生は、大きな山を登るときであっても、ステップ・バイ・ステップ、小さな一歩を繰り返しながらハードルを乗り越えて、大きな自信をつけていく大切さをお話してくれました。起業という挑戦も山登りと同じで、足元を固めて、天気が悪かったら焦らずに待つという気持ちも大切なのですね。

久能:もちろん、具体的にどんな課題を解決すべきかというミッションを持たなければ、山の頂上が見えません。頂上が見えない状態が続くと、自分が何をやりたかったのかもわからなくなります。でも、明確なゴールが設定されていて、なおかつ、いままで誰もやったことないけれども、そこに到達したらみんながよくなると信じられるビジョンをはっきりと持てていれば、少々の苦しさには耐えられるでしょう。

 成功は年齢によらずだとは思いますが、成功する人、あるいは成功しそうな人にも、はっきりとしたビジョンがあることは共通する印象です。だからこそ、彼らは前を見て進むことができる。起業のタイプを、解決すべき課題から入るミッション型と、自分の理念の追求を目指すビジョン型の2つに分けるとすれば、特に私のように年齢を重ねてから挑戦する場合は、ビジョン型のほうがやり抜くことができると思います。

河合:ビジョンを達成するための信念とも言えますが、久能さんは、自分の可能性を認知すること、すなわち自己効力感(Self-efficacy)の重要性によく言及されています。ご自身の自己効力感は、どのように形成されたのでしょうか。また、それは単なる夢や楽観的な思い込みに近い感覚にも思えますが、どのようにお考えですか。

久能:どうやったら自己効力感が手に入るかの答えはわかりませんが、私は、小さなハードルを自分で超えるというチャレンジを繰り返すことが有効だと思っています。

 それは小さな、本当に小さな、たとえば自転車に乗れるようになるという挑戦でもいいのです。昨日は解けなかった問題を解けるようになるという経験でもいい。それこそ、留学という経験は自己効力感を高めると思います。まったく知らない場所で暮らしてみて、自分一人でネットワークをつくり上げていく経験は、とても大きなチャレンジです。

 もう1つは、自分はいまやっていなくても、他の人がチャレンジしているのを見て、彼らが成功したときには心から喜ぶことです。同じようなビジョンを掲げている人たちの中には、とりえずやってみたら意外とできてしまったという人も出てくると思いますが、そのときに心からよかったと思うことで、彼らの経験が自分のものとして入ってきます。自分がやることも大事ですが、他人の成果を喜ぶ気持ちが自己効力感を高めるのではないでしょうか。

 たしかに自己効力感を得ることと、無謀な計画を立てたり、楽天的な思い込みをしたりは何が違うのかという疑問はあると思うのですが、やってみるまでわからないと思います。他人の話を聞きながら、この人は上手くいくだろうな、この人はどうかなぁと思うこともあります。でも、私はそこでジャッジしないと決めています。実際にやってみて、結果が出てみないとわからないですからね。

河合:久能さんを見ていると、日本にいるときは日本人として、米国にいるときは米国人として、まったく違う社会の中で肩肘を張らずに活躍していらっしゃいます。米国で最も成功したと言われている女性が、謙虚で、小回りが利くことを大事にしているというのは、大方のイメージとは合わないかもしれないですね。その自然さが、グローバル・コスモポリタンの特徴であると考えています。貴重なお話をありがとうございました。