従業員の生産性を高めるには、身体の健康を維持するのと同じくらい、心の健康も大事である。だが、オフィスで心の問題を共有するのはタブーとされる傾向があるため、その事実を認めないまま適切な治療を受けられなかったり、治療中の事実を隠したりするなどの光景はよく見られる。職場で心の不調をオープンにできることは、本人のエンゲージメントを高めるだけでなく、部下からの信頼性が厚くなるなどの成果も期待できる。筆者は、企業はメンタルヘルスの問題を直視すべきだと主張する。


 アリッサ・マストロモナコは、数々の難しい会話を経験してきた。オバマ米政権でホワイトハウス実務運営担当首席補佐官代理を務め、ヴァイス・メディアおよびA&Eネットワークスでは経営幹部を務め、現在はNARALプロチョイス・アメリカでシニアアドバイザー兼スポークスパーソンの任についている。

 マストロモナコは、うつ病治療薬を新しいものに切り変えることになったとき、それを上司に伝えることにした。 「治療薬をゾロフトからウェルブトリンに切り替えている時期なのだと、CEOに伝えました」と、マストロモナコは当時を振り返る。「薬への反応が強く出る可能性があるので、薬を変えることで気分が変わることを心配していました。上司に気分の変化の原因が何かを知っておいてもらいたいと思ったのです。それが世界で最も普通のことであるかのように話しました。実際、そうですから!」

 彼女の上司は協力的だった。「大丈夫よ」と応じてくれたのだ。

 メンタルヘルス上の悩ましい問題は、マストロモナコが出勤するときに、玄関先に置いてこられるわけではない。「私と仕事をするのなら、私のすべてがもれなくついてきます」とマストロモナコは言う。

 マストロモナコは職場で素晴らしい才能を発揮している。ただし、職場には彼女が抱える不安もついてくる。同じことは、パフォーマンスの高い、どこの従業員にも当てはまる。具体的な数字を挙げると、世界で成人の4人に1人が、毎年メンタルイルネス(精神疾患)を患い、米国では成人の推定18%が不安障害を抱えている。

 だが、人は概してメンタルヘルスについて職場で話そうとしない。職場で感情的になった場合は、その状態を隠したい衝動に駆られる。

 たとえば、動揺しているときにトイレに隠れたり、勤務時間中に一人になる必要を感じれば、ミーティングをねつ造して会議室を予約したりする。わが子の誕生や、親の病気といった大きなライフイベントを経験するまでは、必要なこと(たとえばフレックスタイムや在宅勤務の1日)を求めるのをためらう。不安を抱えていることを認めるよりも、上司が受け止めてくれると信じて、ギリギリまで働く傾向が強いといえる。

 メンタルヘルスの不調は問題ではあるが、弱みではない。自分の精神状態を理解することは、自分の強みを生かすカギとなる。繊細さを活かしてクライアントに共感したり、不安を抱えていることで気配りのできる上司になれたり、あるいは1人の時間への渇望を活かして新しくて面白い道筋を開拓したりできるかもしれない。

 自分のメンタルヘルスを正しく認識することは、自分自身をよりよく知ることになり、人として、従業員として、そしてリーダーとして信頼性が高まる。研究結果によれば、本来の自分自身の姿をオープンにしていると職場で感じることが、従業員のパフォーマンスやエンゲージメントの向上につながり、離職を抑え全体的なウェルビーイングの向上につながる。

 とはいえ、メンタルヘルスの不調を抱える人のうち、必要な治療を受けている人の割合は、3分の1に満たない。この状況は、当人たちにとっても、企業にとっても、損害をもたらしている。

 従業員のメンタルヘルス状態を認識しないことで、生産性や仕事上の関係、そして最終的な収益が損なわれるおそれがある。実際、毎年170億~440億ドルがうつ病のために失われている。一方、メンタルヘルスに問題を抱えている人の治療に1ドル使うたびに、4ドルが経済に還元される

 では、何を変える必要があるのだろうか。21世紀の経済で最も貴重なリソースは、人的資本である。職場における多様性を推進するために、多くのことが(適切に)なされてきたとはいえ、気質や感情が成功の軌跡にどう関わっているかを理解することになると、巨大な穴が開いた状態だ。

 メンタル面での多様性を全面的に認めるには、職場で経験する多種多様な感情を受け入れる文化が必要だ。仕事上のサポートを改善する必要もある。助けを求めるという選択肢があるべきで、助けを求めることにより安心できることも必要だ(米国ではうつ病診断が医療費負担適正化法の下で無料となり、一部の企業は「従業員アシスタンス・プログラム」を提供している)。

 要するに、雇用主から、さらなる柔軟性、気配り、そして寛容さを引き出す必要がある。骨折や出産休暇に対するのと同水準の待遇や配慮が必要なのだ。そこまではまだ達していないが、一部の企業は、メンタルヘルスについての会話を最前線に押し出そうと試みている。