このように高い代償があるにもかかわらず、ゴシップの吸引力は強い。心理学者でコーネル大学ウェイル・メディカル・カレッジ心理学教授ペギー・ドレクスラーは、次のように記している。「人類学者によると、人類史を通じて、ゴシップは他者と親密な絆を結ぶ手段であり続けてきた。ゴシップに加わろうとしない人を孤立させるツールとさえいえる」

 経理のダグのレスポンスがいかに悪いかについて同僚と話をすれば、ダグの対応の悪さに苦労している人たちとの連帯感が生まれる。同じようにダグにいら立っている人同士、互いに仲間びいきする。このえこひいきは、人間の営みにおいて一般的かつ中心となる行動パターンであり、それによって、人はよそ者に対してよりも、仲間に対してより社交的に振る舞うようになる。

 また、同僚に直接のフィードバックを行ったり、同僚に言いにくいことを伝える「難しい話し合い」をしたりする気になれない人たちにとって、ゴシップははけ口でもある。私が以前HBRに寄稿した記事When to Skip a Difficult Conversation(未訳)で挙げたように、「200人超のプロフェッショナルを対象として、『難しい話し合い』をテーマに取り上げた2013年グロービス調査によれば、回答者の80%が、難しい話し合いは仕事の一部であると回答した。(ただし)過半数は、そのような話し合いを効果的に行う方法について、十分な訓練を受けたと思えないと答えている」

 その場にいない同僚について、あなたが誰かに、誰もに、あるいはもう1人の人に話すことで、当の同僚は皆からのフィードバックを聞くこともできず、自分の意見を述べることもできず、一緒に問題を解決することもできない。あなたのその行為は、オープンで誠実な関係と、フィードバックし合える企業文化のメリットを台無しにしている。

 そしてゴシップは、自分たちの信念を確認するための証拠を集める手段であり、確認バイアス、すなわち真実であると自分が信じていることの裏付けを探す傾向と合致する。ダグのレスポンスの悪さに不満を感じた経験があるかどうかを同僚に確認することで、自分がすでに抱いている信念の確認を取り、ダグに対する自分たちの判断が「正しい」ことから満足感を得るのである。

 ジュディス・グレイザーが「険悪な議論を建設的に」の中で説明しているように、自分の正しさを実感する瞬間は、それと同時に大量のアドレナリンとドーパミンが分泌され、もう一度味わいたいと願うような感覚が得られる。こうして私たちは、自分の正しさを証明することに病みつきになる。