多様な人生に寄り添うことで一人ひとりの健康が見えてくる

――「PeOPLe」は2020年度の本格稼働を目指していますが、ICTやデータヘルス改革によって、人々の健康、日本の医療はどう変わりますか。

 1つは、健康の価値観そのものが変わっていくでしょう。これまでは特に公的組織が“健康づくり”をかけ声に、いろいろな施策を実施してきましたが、残念なことに「健康になろう」とのと掛け声に集うのは全人口の一部です。介護予防教室を開くと、満員盛況なのですが、そこに来るのはすでに健康意識が高いシニアの方々です。改善が必要な不健康な行動を取っている人に届く対策は困難でした。

 多くの人々にとっては健康は、人生を幸せに生きるための手段です。80歳になって、楽しく、若い人とおしゃべりしていたいのか、あるいは、趣味の山登りを続けたいのか、その2人に必要な健康は違います。前者は多様な情報にアンテナを張り、コミュニケーションできる能力であり、後者は強靭な足腰です。自分は何をしたいのか、人生をどう生きたいのかというところに寄り添っていくことで、一人ひとりの健康の意味が見つかるような気がします。

 そうしたなかでゲーミフィケーションを取り入れた健康増進は1つの可能性があると考えています。Nianticが提供する「ポケモンGO」では、ポケモンを集める行為を通して、外に出る習慣を身につけることができた利用者が多く報告されています。現在も活動量の維持や社会的なつながりの獲得など、楽しさと健康のサポートを両立させるチャレンジが続いています。健康に対する貢献を通じて利益を得るNianticの方針は、GDPR以降のデータ駆動ビジネスを考えるうえでも重要なエッセンスです。今後は四季の自然を楽しむ、おいしいものを食べに行く、名所名跡をめぐるなど、それぞれの趣味に合わせながら、自然に健康な行動を取っているようなソリューションも創出されるでしょう。価値共創のなかで、手段としての健康を手に入れ、人生をより豊かにしていくという視点が重要になってくると思います。

 ある疾患対策のプロジェクトも「Value co-creation」につながる話です。COPD(慢性閉塞性肺疾患)については適切な診断・治療が行われているのは、本来必要な患者の1割未満であるといわれています。いままでは「人々はもっとCOPDを知るべきだ」、あるいは医師に対しては、「再教育の機会を通じて、新しい知見を得るべきだ」という論調で取り組みが行われ、ギャップはなかなか解決しませんでした。

 一方で検診の場面でICTを活用して問診をサポートすれば、医師・患者の両者にCOPDに対する十分な知識がなくても、精密検査の実施をナビゲートし、適切な治療の導入をサポートすることが可能となります。またCOPDは朝の咳が重要だと言われます。目覚まし時計代わりに使っているスマートスピーカーで、起床後の咳を録音しておけば、本人が自覚していない段階から徴候を発見し、早期にサポートすることができるかもしれません。症状を自覚し、その後に本人が医療機関にアクセスするようなケースでは、時に手遅れになってしまいます。ICTを活用し、より早期に徴候を発見し、適切な治療に導くというような取り組みも必要になります。

 健康そのものを意識して、健康増進に向けて皆が同じように取り組む世界に加え、一人ひとりのライフスタイルに寄り添う形で、そっとサポートしていくような仕組みが今後は登場してくるでしょう。健康がエンターテインメントや仕事、趣味などいろいろなモジュールとつながりながら、新しい価値が創出されることを期待しています。

(構成/堀田栄治 撮影/西出裕一)