投資家インタビューの第一弾で得られた遠慮や偏見のない見解は、変革を加速させる上での全社的な危機感の醸成につながった。2015年に発表したニコンの3カ年中期経営計画は、中核事業が衰退していたにもかかわらず、市場を楽観し、全事業が成長するという見通しを立てていた。実際、ニコンの半導体装置事業は何年も赤字が続き、映像製品市場は予想を上回るペースで縮小していたにもかかわらずだ。

 ニコンは投資家のフィードバックによって、同社の利益創出力を改善すると同時に、経営のDNAをも書き換えるような大胆な構造改革プランが必要だと痛感したのである。

 投資家のインプットから直接的な影響を受けて作成された構造改革プランは、480億円の一時費用を必要とするものの、年間200億円のコストセービングが得られるという内容だった。同プランでは、ニコンの主要事業である半導体装置事業と映像事業の抜本改革に加え、R&D、営業、生産をグローバル規模で最適化して、固定資産やSKUの削減に加え、高付加価値製品への集中によって収益性を改善することを目指した。

 さらに本社スタッフ20%を配置転換するなど、職務や機能の見直しによる本社機構のスリム化も打ち出した。その他の施策として、経営幹部の月例報酬の減額のほか、賞与や現行の3カ年計画とリンクした業績連動型株式報酬の返上、取締役と執行役員の人数削減も盛り込んだ。

 同社はこれと並行して、資源配分を最適化するために、事業ポートフォリオにおける各事業――半導体装置や映像事業に限らない――の役割を再定義して、ポートフォリオ経営への転換を図ることにした。また自己資本利益率(ROE)や投下資本利益率(ROIC)といった指標に基づき、株主価値に連動する指標を導入することにした。経営陣の任命における透明性の改善や、取締役会の多様性の向上、経営幹部の業績の効果的な評価システムの導入を通したガバナンス体制の強化も盛り込んだ。

 加えてニコンは、30カ月の構造改革プログラムを完了するまで現行の3カ年計画を撤回するという、まれに見る劇的な判断を下した。成長のための施策を模索するのは、この構造改革が終わってからということだ。

 構造改革プランを発表したニコンは、もう一度、現在と過去の投資家にコンタクトした。今回の目的は、同社の構造改革施策に対する意見を得ることである。ニコンのIRチームもこれに加わり、岡氏自ら主要投資家30社を訪問し「当社は映像製品市場が今後も縮小していくことを認識し、今後は高付加価値製品に注力して固定費を削減していく」などのメッセージを伝えた。

 これについて、ほとんどの投資家からは支持が得られたものの、引き続き個々のコスト削減策のロジックを明確に説明する必要があることも指摘された。ある投資家は、「私は何度も変革を目にしてきたが、市場が10%のペースで縮小しているとしたら、利益を確保するにはそれを上回るコスト削減が不可欠だ。ニコンには、さらなるコスト削減の秘策があるはずだ」と述べた。ニコンはこのメッセージを真摯に受け止めた。

 6カ月後、ニコンの将来の見通しは明るさを増していた。同社は投資家のフィードバックを盛り込んだ戦略に基づいて、10%の市場収縮を上回るペースでコスト削減を進めていた。そしてもう一度、投資家との対話を持つタイミングがやって来た。結果はニコンの運命と同じように好転していた。

 ニコンの経営陣が「妄想」していると評した過去の大口投資家が、がらりと態度を変えた。「あなた方がこれまでに見せた大胆な行動にとても感銘を受けている。今後の進展を見守るのが楽しみだ。ニコンは5年後にはまったく違う会社に、少なくともはるかに高収益体質の会社に変貌しているだろう。」

 適切な投資家にターゲットを絞ってアピールし、彼らの力を借りて隠れた価値を引き出すというニコンのアプローチは、大きな効果をもたらした。構造改革によって、慢性的に赤字だった同社の半導体装置事業は黒字化を遂げ、映像事業は中国工場閉鎖等の追加施策の実施もあり収益構造が強固になった。そして、この構造改革が同社の経営のDNAを確実に強化していると投資家を納得させることにも成功した。実際に、構造改革を開始してから1年で、同社の株価は35%も上昇した。

 さらに、おそらく長期的な意味でもっと画期的なのは、同社におけるIRの重要性が飛躍的に向上したことである。かつてルーチンワークと見なされていた業務が、最も戦略的意味合いの高い重要業務と認識されるようになったのだ。構造改革に成功したニコンは、改めて投資家と積極的に対話をしている。

 かつてはなんとか投資家に気に入られようと必死になっていた同社だが、今は次の100年に向けた航海の針路を描くために、彼らの力を最大限に活用しているのだ。昨年、岡氏個人は延べ145社、ニコンのIRチーム全体で延べ500社以上の投資家と面談を行っている。