このできごとが、劇的な改善に向けた大きな第一歩となった。

 多くの企業では、IRのアプローチはマーケティングの売り込みに似ていて、実際にPR部門がこの機能を果たすことが多い。ところがニコンは、主だった投資家を定期的に訪問し、あたかも企業を買収する際のデュー・ディリジェンスのような面談を実施することにより、IRの在り方を一新することができると考えた。

 そこで同社は、ターゲットとする投資家のフィードバックを集め、それを確実に経営幹部に伝えて戦略とアクションにつなげるための計画的なプロセスを作り上げた(図表2)。IRをPR部門の一業務として扱うのではなく、経営トップのアジェンダに昇華させる必要があると判断したのだ。

 投資家からのフィードバックは、ニコンの技術畑で40年のキャリアがある社長の牛田一雄氏が投資家との対話について真剣に再考する必要性を痛感する一助となった。また、ニコンが最も優先して対処すべき経営課題は何かを特定することにも役立った。

 ニコンが取った最初の一歩は、ニコンの投資家を、投資家ポートフォリオにおける総合的な魅力度に基づいて分類することだった。企業はしばしば、「自社」が投資家にとってどれほど魅力的かということは気にかけるが、ある「投資家」が自社の株主ポートフォリオの中でどれほど有益かについては意外なほど無頓着だ。

 ニコンは、同業他社の投資家のベンチマーク比較を行ったところ、長期的な視点で投資を行うグロース系の株主比率が高いライバル会社の方が、3年間の株主総利回りが高くなる傾向があることが分かった(図表3)。適切な投資家基盤には、株価を改善し、ボラティリティを抑え、貴重なフィードバックをもたらすメリットがあるのだ。

 ニコンは投資家の意図を理解するために彼らの行動(買いと売りのデータ)を分析し、投資期間(および投資額)、重視する業界(および業界に対する理解)、投資の多様性に基づいて投資家を分類した。その結果、あるグループの投資家は、短期的なコスト削減策に主たる関心を持っていることが判明した。別のグループの投資家は、より長期的な構造改革と成長に関心を持っていた。

 そこでニコンは、現状の株主構成では比率が低い、長期的な視点を持った投資家を引きつけたいと考え、彼らを重視するIR戦略を取るようになった(図表4)。

 投資家を分類する第二のメリットは、適切な投資家ポートフォリオを構築・維持することにつながる、ターゲットを絞ったコミュニケーションの場を設定できることである。自社の戦略フェーズごとに最適な投資家を特定し、そのフェーズに入る前に、その投資家に働きかけて投資意欲を持たせることが最善策だ。

 企業はすべての投資家に同じ資料を提供しなければならないが、例えば年金基金向けにはキャッシュフローの安定性を、成長重視の投資家向けには配当率を強調するといった具合に、特定の投資家グループにとって最も重要な意味を持った要素を際立たせることはできる。

 ニコンの場合、価値重視の投資家とのコミュニケーションでは、コスト最適化の機会とバランスシート管理にフォーカスを当て、成長重視の投資家とのコミュニケーションでは長期的な構造改革にフォーカスを当てた。一般的に、企業の最も重要な投資家は、企業が「what」――どのような業績になる見通しか――を説明しても、「how」――どのようにそれを達成するつもりか――についての信頼に足る説明がなければ納得しないものだ。

 投資家を分類する第三のメリットは、最後にニコンの運命を変えることになる。なぜなら、貴重なフィードバックを提供してくれる最も重要な投資家を、システマティックに見つけ出せるようになったからだ。

 実際に、ニコンは過去の投資家にインタビューを行ない、不信感の根拠、株を購入した理由と売却した理由を特定しようとした。過去の有力な大口機関投資家の1人に、どのような条件ならニコン株を再購入するかと聞いたところ、こんな答えが返ってきた。

「ニコンはもっと大胆な方針を打ち出して、もうすぐ変化が起こるという希望を投資家に与える必要がある。ニコン製品の多くが市場の進化から取り残されていることを考えると、この山を登るのは大変なことだ。」

 このような投資家のセンチメントを実際の行動につなげるために、ニコンは定期的に投資家から情報を集めて経営陣と取締役会メンバーに伝え、それを踏まえた経営陣の考え方を投資家と――そして恐らくもっと大切なのは、過去の重要な投資家と――共有するというフィードバックのサイクルを構築した。