対話から生まれた
アップルウオッチのエコシステム

 欠乏への向き合い方によって、オープンイノベーションはあっけなく失敗する。よくあるケースとしては、欠乏を埋めるためだけに安易なコラボレーションを仕掛けてしまうことだ。自社の持つリソースと親和性の弱い市場に、M&Aなどで参入しようとする例など、失敗例は多々ある。

 具体例な成功例に話を移そう。欠乏を埋め合うことで市場そのものを拡大していった例として、アップルウオッチの取り組みが参考になる。かつてはアイポッドの「垂直統合」で成功を収めた彼らも、アップルウオッチでは発売の10ヵ月前に商品の仕様や技術を公開した。結果的には、事業がオープンする段階で2000ほどのアプリケーションが出そろい、エルメスやナイキといったコラボレーション相手も得て、充実のデビューを飾ったのである。

 企業コラボレーションは、アップルにとって欠けていた分野を補う方法としてふさわしかった。高級嗜好品のジャンルでエルメスがベルトを制作し、スポーツのジャンルではナイキとのコラボレーションモデルを生んだ。ナイキにとっては、心拍数などの生体データが取れるウエアラブルデバイスの知見は、自社ビジネスにも直結するうま味がある。アップルが作り出したエコシステムに参画し、その規模が拡大していくことで、自社のビジネスも拡大させられる可能性があるのだ。

 アップルウオッチには製品発売よりも先んじて、商品仕様と技術のオープン化と得られるデータへの期待によるコミュニティがあった。あらゆる業界から参画した人々との対話を通して、アップルは自らの欠乏を発見し、その視点からプロダクトが生まれた。だからこそ、自社だけでは提供し切れない有益なアプローチが可能になった。アップルだけでは、デビューと同時に2000ものアプリケーションを用意することなど、不可能だったろう。また、資本提携などを経た構築済みの関係内における事業連携だけでは、自らの欠乏を見つけ出すには不十分で、予定調和に終わる可能性も高かったはずだ。

 このことからも学べるように、オープンイノベーションにおいて目標とすべきはコラボレーションそのものではなく、まずは10社や20社と参加してくれるようなコミュニティをつくることにある。それにより、多様な視点から欠乏に気付いていき、エコシステムが拡大していく。

 また、コミュニティでは、プロダクトを共同開発するよりも、それぞれが有機的につながりながらも、企業ごとにビジネスを作り上げていく方が良いだろう。エルメスならアップルウオッチのベルトを、ナイキならコラボレーションモデルやアプリケーションを売る。エコシステムの中でビジネスをつくることで全体の収益が上がり、その市場自体が拡大していくのだ。

 だからこそ、オープンイノベーション、そして私の提唱する「コミュニティファースト」が日本企業における新戦略となったとき、2000年代前半に止まってしまった時計の針が動きだすと信じている。

 アップルの例ではイメージがつきにくいようであれば、もっと個人的な体験に置き換えてみるとしよう。あなたはハッカソンに参加したことがあるだろうか? 少なくとも存在は知っているかもしれない。

 ハッカソンをかいつまんで言えば、ある一定のお題に対して、異なる強みを持つ数人から成るチームで、短期間で開発したアイデアやプロダクトを競うイベントである。前述した「原始時代の例え話」と図式は同じだ。ハッカソンに参加していると、チームあるいはあなた個人の「優れた能力/欠けている能力」に気付くことがある。そして、その気付きこそが大切なのだ。特に欠乏に気付いた瞬間に、あなたはこれまでの生活から想定できないリソースとの新たな関わりを、意識するようになるだろう。ハッカソンはオープンイノベーションのトレーニングとしても有用なのである。他にも、デザイン思考やワークショップなど、気付きのための手法は開発されてきている。

 本稿もまとめに入る。オープンイノベーションの成立には、当事者意識を伴うイシューを発見することが不可欠である。市場規模ありきではなく、周囲が関わりたくなるような問題解決からエコシステムをつくること。そして、そのイシューを適切に発見するうえでコミュニティは役に立つということである。

 次回から戦略的にコミュニティを運営し、いかにイノベーションの実践につなげるか。その方法について、紹介していく。