では、バランスを実生活に取り入れるには、どうすればよいのか。

 まず、あなたにとってバランスとは何かを定義しよう。私自身は、アリストテレスが打ち出した定義が気に入っている。彼は、「なすべきこと、愛する人、期待するもの」をバランスの定義として挙げた。これを私は、互いに支え合う4本の柱に分けた。つまり、脳(知識、関連性、専門知識、生涯にわたる学習)、愛(人間関係、家族、コミュニティ、思いやり)、変化(自分への問いかけ、ネットワーク、変化に対応するスキル)、選択(経済的柔軟性、経済的蓄え、稼ぐ力)である。

 自分にとっての基本原理を打ち出し、それを支える柱のリストを作成してみよう。次に、以下2つを自問してみよう。

 1. 過去7年前を振り返り、どれだけバランスが取れていたかを考えてみる。個々の柱に、どれほどの時間をつぎ込んだだろうか。

 2. 今後7年間、自分が望むバランスとはどういうものだろうか。

 人生の段階によって、達成すべき目標も望ましいバランスも変わってくる。30代の私は、エクササイズより育児に時間を割いた。50代後半のいまは、それを変える必要がある。だが、トライアスロンの選手になる必要はない。代わりに、毎週ヨガを少ししたり、毎日犬の散歩をしたりしている。

 よりよい食生活を心がけてはいるが、過度に気を揉むこともない。一生懸命働くが、残業はしない。毎日意識して愛する気持ちを持とうとしている。恩返しをして、誰かを助ける時間を持つことも心がけている。もっとできるだろうか。答えは、もちろんイエスだ。間違いなく、どの領域でも。

 上に挙げたようなことを、私よりうまくこなせる人は、数え切れないほどいるだろう。しかし、私は異なる次元の競争に身を置いているので、他者と自分を比べる必要はない。そして、私が身を置く競争の世界では、私の知る限り、私自身がトップクラスである。私は「ほどほど」において、れっきとしたマスターなのだ。

 それについて、(ふだんは)自慢することはない。第一、自慢などすることは、「ほどほど」精神にそぐわない(まして私は、ほどほど気質で知られるカナダ人である)。だが、私はこれまで、人生をかけて「ほどほど」を極める日々の修行に励み、「これで十分」という祈りの言葉を唱えてきた。

 私は現在、富豪でもなければ、素晴らしい体形を維持しているわけでもなく、大きな成功を収めているわけでもない。けれども、自分自身のマラソン、すなわちバランスのとれた人生というゴールを目指すレースに出場するのに、ぎりぎり十分なだけのものを持っている。

 結局それは、私と、散歩にたっぷり連れ出してもらえる私の愛犬にとってのみ重要なことかもしれない。私にとっては、それで十分だ。


HBR.ORG原文: In Praise of Extreme Moderation. June 01, 2018.

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アビバ・ウィッテンバーグ=コックス(Avivah Wittenberg-Cox)
ジェンダー・バランスの支援を専門とするコンサルティング会社、トゥエンティー・ファースト(20-first)のCEO。Seven Steps to Leading a Gender-Balanced Business(未訳)の著者。