大企業とスタートアップ企業は「業務委託契約」ではなく
「共同開発契約」を締結するべき理由

――大企業とスタートアップ企業の協業を成功させるには、どのようなアプローチが有効でしょうか。

廣瀬 隆治(ひろせ りゅうじ)
アクセンチュア 戦略コンサルティング本部
マネジング・ディレクター(デジタルストラテジー)

東京大学工学部卒、同大学院新領域創成科学研究科修士課程了。2004年アクセンチュア入社。通信・メディア・ハイテク業界を中心に、幅広い業界においてAIやIoT活用をはじめとしたデジタル戦略立案を支援。また、大企業とスタートアップの協業を通じたイノベーション加速を支援する「アクセンチュア・オープンイノベーション・イニシアチブ」の責任者を務める。

廣瀬 過度な内製へのこだわりや、協創された成果を独占しようとする意識ではうまくいかないでしょう。市場や技術が変化するスピードは加速度的に上がっています。自社の社員を未経験領域に飛び込ませ、時間をかけて内製による成果を望むよりも、その領域で活躍する外部企業と積極的に連携し、早期に創出した成果を分け合うアプローチが効果的です。

村上 まさにそのコンテクストにはまる事例があります。あるEC企業のCTOにお会いしたときです。そのCTOは「自社のサービスを強化できるなら、どのようなことも受け入れる」というスタンスでした。

 現在のビジネスの強みを生かし強化できるなら、新規のチャレンジは自社で抱え込む必要はなく切り出して他社とコラボレーションするという考え方です。「ぜひ当社のデータを使って新しいことをしてほしい。コア部分を抱え込む気も、施策を内製する気もない」と、非常に割り切っていらっしゃいました。

久池井 示唆に富むエピソードですね。エコシステムの中心にいるプレイヤーは、1つ1つのトランザクションから得られる収益が小さくても、大量のトランザクションを発生させることによって、他のプレイヤーよりも収益を獲得しやすい構造を作り出すことが容易です。

 しかし、1度うまくいった仕組みを内製化して独占するとネットワーク効果が得にくくなり拡大が難しくなります。市場を完全にドミナントしていれば別ですが、大抵の場合、後から登場したネットワーク効果を持つプレイヤーに市場シェアを奪われるでしょう。すべてをオープンにすることが必ずしも必要とは限りませんが、自社のバリュープロポジションを定義して、時代に合わせてオープン・クローズの構造を変化させることの重要性を強く感じています。

廣瀬 データ管理についても大企業が過度な恐怖感を持っているように感じることがあります。「コラボレーション相手に利益を持って行かれてしまうのではないか」という意識や、「コラボレーションによって生まれた優れたアイデアの恩恵を受けられないのではないか」という思考があると思います。

村上 その一方で、スタートアップ企業を業務委託の外注業者として扱い、成果物は差し押えしよう、利益を巻き上げようという発想もコラボレーションの阻害要因になります。

 弁護士の増島雅和先生が提言したレポート『研究開発型ベンチャー企業と事業会社の連携について*1』にスタートアップ企業と大企業を取り巻く昨今の構造が整理されていて、非常に参考になります。

 大企業とスタートアップ企業の契約においては、業務委託や請負契約の流用が散見されます。しかし、スタートアップ企業側がコア技術を所有していて、そのコア技術をコラボレーションを通じてどうインプリメンテーションするかという話ですから、業務委託契約には当てはまらないケースも多いのです。

 コラボレーションの本質は「互いのものを持ち寄る」ことです。大企業側の担当者とは合意ができていても、実際にはリーガルで止まることがあります。長い場合ですと、半年以上、プロジェクトが停滞することもあります。今後、業界共通の契約の雛形が登場することに期待しています。

廣瀬 契約のあり方も時代に合致したものにしなければいけませんね。オープンイノベーションにおいては、全ての権利が自社に帰属することはありえません。リーガルのやり取りは振り子的な議論になりがちですが、そのふり幅を抑えて早く収束し、本質的な取組に注力できるよう仕組みを整えておくことも、イノベーションの加速の観点で意外に重要かもしれません。

落合 Webサービスを扱うようなスタートアップにおいては、コラボレーションの際にデータを要求された場合に、リーガルのやりとりのみで自社サービスとデータを守ることにも限界があります。さらに言えば、国内企業同士の間では防げても、インターネット上の国際的な法律がどこに準拠するかは相手しだいで変わってしまいます。

 こういうコピー可能なプロセスや、すぐ真似されるようなモデルの場合、真に秘密のデータは慎重に扱うべきです。とはいえ、リバースエンジニアリングをされるプロセスでバレてしまうようなデータが"真に秘密"と呼べるかどうかは疑問です。

村上 この手のデータドリブン且つ正のフィードバックサイクルがあるビジネスの話では、Winner takes all(勝者総取り)になりがちです。恐怖して保守的になるよりも、積極的な実行によって先んじて強固なポジションを構築すべきかと考えています。

久池井 淳(くちい じゅん)
アクセンチュア 戦略コンサルティング本部
プリンシパル(デジタルストラテジー)

東京工業大学大学院技術経営専攻修了(MOT)。2011年アクセンチュア入社。学生時代に天才技術者育成の国家プロジェクト「未踏」事業に採択された他、自身が保有する知的財産やプロダクトを大企業と組んで事業化するなど、オープンイノベーションや技術系ベンチャーの領域で活動を続け、経済産業省から「Innovative Technologies」を受賞。アクセンチュアではデジタル戦略や先端テクノロジーの専門家としてマルチインダストリー協業や、スタートアップ協業などを支援。

久池井 最近、弊社はクライアントのJSR様、NTT様とコンビナートのデジタル化に向けて取り組みを進めていますが*2、コンビナートには、外部との連携によって初めて価値が出るデータが数多く存在します。特に生産計画やサプライチェーン等には自社のデータだけを秘匿して囲い込むよりも、他社のデータと組み合わせたほうが創出価値を最大化可能な場面が数多く存在します。一方で、情報流出や特定のステークホルダーに支配されてしまうリスクがあり、情報連携が進んでいないことも事実です。

 今後は、秘密分散やブロックチェーンを活用することで、そのエコシステムの参加プレイヤーだけが利用できる状態にするなど、新しい手法を模索する必要があると思います。海外では、化学企業が自分たちのプラントをオープンにすることで、新しい技術の技術活用コンセプトを取り入れる試み*3が始まっています。

 安全性や与信など、コラボレーションを進める上で乗り越えるべき様々な課題はあると思いますが、コラボレーションに対する姿勢だけではなく、付随プロセスの改善にも目を向けたいです。

――大企業側のさらなるマインドチェンジが必要と考えてよろしいのでしょうか?

廣瀬 実際には、多くの経営トップが先進的な考え方をしており、積極的に実行を指示するパターンが多いと感じています。そうした経営者がスタートアップ企業や我々に接すると「こういうことがやりたかったんですよ」とおっしゃるケースが多いです。

落合 僕も同じ印象を持っています。スタートアップでも大企業でもトップの意思決定が数秒でなされることは日常茶飯事です。しかしそのあとの実行フェーズが問題です。責任を負わなければいけない中間層にとっては、失敗すればその後の人生を左右しかねないリスクなのでそこの即断は難しい。

――解決策はどのような点にあるとお考えですか?

落合 人材のレイヤーごとの意識差や衝突を無理に解決する必要はないと思います。「新しいことをやりたい」という人材に、経営層が適切な予算を割り振っていき、コラボレーションの芽を用意しておくことが解決策かと思います。必ずしも全社規模で意識統一が図られていなくても、遊軍的な組織として、スタートアップと協業するようなチームが社内にあればいいのではないでしょうか。

廣瀬 まさにそこが経営者の仕事だと思います。「新しい可能性に賭けてみよう。責任は自分が取る」と経営トップが表明すれば十分なはずです。経営者はそう判断したうえで、落合さんとお付き合いなさっていると思います。

久池井 中間管理職者に保守的な人材が多いとしても、「今はアクセルを踏むべき時期だ」ということをわかっている人は多数います。繋がりを増やしていくことで、コラボレーションのノウハウが互いに蓄積され、より円滑で、チャレンジしやすい土壌を作っていけると考えています。