対立を恐れるな

 本書は、FBIが誇るテクニックを、段階を踏んで10章にわたって説明していく。冒頭には各章のテーマに絡んだ事例が紹介されるが、誘拐や人質を取る銀行強盗、立てこもりなど、FBIが関わった物騒な事件がほとんどだ。しかし、緊迫した事態を切り抜け、うまく収めた手法ゆえに、その有用性に納得感がある。

 たとえば、サブタイトルにも使われている「まずは『ノー』を引き出せ」というのもその一つだ。これは4章で語られているが、「ノー」は交渉の終点ではなく起点であって、事実を述べているというより感覚を伝えていることが多い。交渉担当者は「ノー」を言わせることで本音(たとえば、「まだ同意する用意ができていない」「私はほかのものを求めている」「もっと情報がほしい」等々)を引き出す。それを次のやり取りにつなげれば、解決策が明確になってくるという。一方「イエス」は、交渉の最終的なゴールではあるが、早い段階でそれを要求するのは相手に警戒され、得策ではないそうだ。

 9章の「値切り交渉は熱く」では価格交渉のケースを取り上げている。相手は見事に交渉者のスキルにはまって、交渉者の目指す価格まで譲歩している。あっぱれ、としかいいようがない。

 私たちは、本書の著者のように誘拐犯と対峙することはないだろうが、「人質を解放してもらいたい」と、「あの車を2万ドルに値下げしてもらいたい」とは、本質は同じだ。商談やトラブル対処、賃上げ、家事分担など、人生のさまざまな交渉事において、相手を動かすテクニックを知っておくことは大きい。

 印象に残ったのは、著者の「対立を恐れるな」という言葉である。対立への恐怖を克服し、それを共感で乗り切っていくことができれば、価値を見出すことができる。相手に強要したり、屈辱を与えたりすることなしに、自分の望むものを手に入れることができるのだ。