提言

 その晩、サンマテオの自宅に戻り、陸はパソコンの前に座って同僚たちと向き合っていた。相手方は会議室のテーブルの周りに座っていた。東京は朝で、陸は本社の幹部チームに報告をしている最中だった。

「残念ながら、売上げが大きく伸びるには至っていません」と、陸は幹部チームに伝えた。「年間売上高は約500万ドルで、年率2%の安定成長を維持しています」彼は自分が壊れたレコードになったような気がした。「ですが、レベッカと私はいくつか新しいアイデアを検討しています」

 ケンコーのCEO、加藤勇紀がうなずいた。「そうですね、新しいアイデアが必要な時期だと思います。日本からの他の輸入品は米国で極めて順調です。我が社も、ケンコー・ブランドは米国のすべての家庭のパントリー(食料棚)に置くべきだと示したいところです」

「偶然ですが、加藤さんは今『パントリー』という言葉を使われました」と陸が応じた。「以前に一度、パティーズ・パントリーについてお話ししたかと思います。同社は急成長中のチェーンストアで、高品質の食品を低価格で提供することで知られています。我が社にとって短期間に利益を上げられそうな取引を、パティーズ・パントリーが提示してきました」

 幹部チームの何人かは色めき立ったが、CEOを含めた他のメンバーは落胆の表情を見せた。「ケンコーUSAのブランド確立が、当社のグローバル化戦略の重要な一翼を担っていることは承知しています」と陸は続けた。「ですが、まずは我が社のせんべいを浸透させて、それからブランドを打ち出す策が有効と思われます」

 斉藤房雄が発言した。「ほかのアイデアとは何かな」

「斉藤さんとも話しましたように、グラスルーツ・マーケティングの手法を増強することです」と陸は応じた。「ひよこ豆をペーストにした中東料理フムスの代表的なブランド『サブラ』は、食料品店だけでなく、公園やイベント会場でも、大々的な試食キャンペーンを実施しました。パッケージングも微調整して、魅力度アップを図りました。これらの努力が功を奏して、このブランドは主要な小売業者のデリカテッセンコーナーへの参入を果たし、以来好調に推移しています。このように、消費者へ直接販促をかければ、これまでの取り組みを補完できる見込みです」

「その種のプログラムを実施するとしたら、予算と必要期間はどうなりますか」とCEOの加藤が尋ねた。

「私の見積もりでは、350万ドルで2年間です」

「あなた自身が、そのイニシアティブを率いることができると思いますか」

 陸はとっさにいらだちを覚えた。幹部チームはケンコーUSAを成功に導く彼の手腕を信用できなくなったのだろうか。「それは皆さんが決定なさることですが、ケンコーUSAチームはどの戦略でも実行できると、私は確信しています」

「ありがとう、陸。これらのオプションを検討しましょう。ただし、正式な提言を提出してください」

「わかりました。チームと相談して、週明けにはお送りします」

 会議終了の後、陸はパソコンを切り、寝室に向かった。あおいがまだ起きていた。「『あと2年』と言っていたのが聞こえたような気がするんだけど」とあおいが言う。「正直言って、あと2年もここに家族でいたくはないわ」

問題:プライベートブランド案と、自社ブランドの新しいマーケティングキャンペーンのどちらを、陸は幹部チームに提言すべきか。

 

HBR.ORG原文: Case Study: Can This Japanese Snack Food Company Break into the U. S. Market? April 25, 2018.

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エリー・オフェク(Elie Ofek)
ハーバード・ビジネス・スクール、T. J. ダーモット・ダンフィー記念講座教授。経営学を担当。