逆風

「結局、需要があるかどうかです」と、デーブ・ナイトが言った。

 陸とレベッカは、カリフォルニアの大手食料品チェーン「クレメンタインズ」本社で、ようやくアポを取り付けた同社チーフ・スナック・バイヤーとの念願の会議に臨んでいた。「もっと多くの人が御社商品を買っているのを確認できないと、御社商品の陳列スペースを広げるわけにはいきません。当社にとってトップブランドのフリトレーからスペースを奪って、まだ売れ筋かどうか証明されていない商品に棚を譲るわけにはいかないんですよ」

「もちろん、御社の立場を存じ上げております」と陸は言った。「ですが、私どもはより広いスペースを、とお願いしているわけではありません。場所を変えてほしいと頼んでいるのです。せんべいがなぜ、クラッカーや人気スナック菓子と一緒に陳列できないのでしょうか」

「理由は、パッケージも味も、ブランドメッセージ全体が、まだ日本的だからです。それは素晴らしいことだと思いますし、御社商品にはニッチなマーケットがあります。ただし、アジア食品コーナーでのことですが。ケンコー・ブランドが一般のスナック菓子とアジア食品の両コーナーにあったら、消費者が混乱するでしょう」

「でも、サルサはスナック菓子とメキシコ食品の両コーナーに陳列されていますよね」と、レベッカが指摘した。

「サルサは話が違います。今や米国の国民食ですからね」とデーブは腹の底から笑った。

「お言葉を返すようですが」と陸が応じた。「御社はチャンスを逃しているように思います。いまやますます多くの人が、グルテンフリー食品を食べ、フライ食品の代わりとなる食品を選んでいます。消費者はスナック菓子に、これまでになかったオプションを求めています。ケンコー・ブランドはその選択肢の1つになりえます。なのに、それをエスニック食品コーナーに埋もれさせているのです」

 レベッカが後を継いだ。「2~3の店舗で試してみるのはいかがでしょうか。1つの店舗では当社商品をライスケーキと並べて、別の店舗ではクラッカーと並べて、さらに別の店舗ではグルテンフリー食品と並べて陳列していただき、どの場合が最も売れるかを検証してみてはいかがですか」

 デーブはまた笑った。「正直なところ、それができれば、そうしていますよ。けれども、御社のためにそんな実験をしたら、他のすべての新商品のためにも同じことをしなければならなくなります。そんなことになれば、店舗のマネジャーたちや在庫担当者たちににらまれてしまいます。また最大級のサプライヤーたちは、なぜ私が彼らの棚のほんの少しのスペースでも新参者に与えているのかと、問い詰めるでしょう。まったく現実的じゃありませんな」

 陸は悲しげな顔でレベッカをちらりと見た。

「需要があることを実証していただかないことには」とデーブは続けた。「各店舗と協働して、もっと大々的な試食キャンペーンを、たとえば1~2ヵ月の間、毎週末にしてみてはいかがですか。クーポン・キャンペーンもいいでしょう。私どもの経験に照らせば、クーポンの配布が功を奏して、新商品の需要が刺激される場合もあります」

「いますぐスナック菓子コーナーに置いてみていただくには、どうすればいいのでしょうか」とレベッカが尋ねた。

「そうですね、スロッティングフィー(棚貸し代)を増額するというオプションは、いつでもありますよ。1パック当たり30セントから50セントに引き上げていいというのなら、おそらく私も上司を説得できるでしょう」

 小売業者を口説き落とすために、スロッティングフィーの支払い額を引き上げる策は、果たして理にかなっているだろうかと、陸は迷った。だが、そんなことをすれば、ただでさえ低いマージンに食い込んで損益を悪化させることになるから、上層部が承認しそうもないことは陸にもわかった。

「需要はあります」と陸は言った。「当社の市場調査によれば、消費者は当社製品を間違いなく気に入っています」

会議後の反省会

 レベッカと陸は帰社する前に「ピーツ・コーヒー」に立ち寄り、軽食を取りながら会議の反省会をすることにした。

「やれやれ、厳しいね」アメリカーノを飲みながら、陸が言った。

「例のプライベートブランド案を真剣に検討する必要があると思います」緑茶をすすりながら、レベッカが言った。

「周りを見渡してください」と、彼女は陳列されている食べ物を身振りで示した。「この大部分は他社が製造して、ピーツ・ブランドで売られています。パティーズ・パントリーの販売網は巨大です。しかも、450万ドル分の発注をする準備があると言うのです。もちろん、1パック当たりの卸売価格を引き下げる必要があるでしょうが、試食キャンペーンやスロッティングフィー、広告費用は不要になるので、大きなコスト削減になります。9ヵ月後には赤字から抜け出せるはずです」

「でも、それでは誰もケンコー商品だとは気づかないままだろう?」

「ええ、まあ。先方のブランド、先方のパッケージング、先方のフレーバーになるでしょう。パティーズ・パントリーはしきりにバーベキュー風味やケイジャン風味を試してみたがっています。いずれも当社製品を米国人の好みに適応させるのに役立つものです」

「ワサビ風味のどこが悪いんだい」と陸は反撃した。米国人はすでに、多くの日本食品に愛着を抱くようになった。ケンコーだって自社のレシピで製品を売れるはずだ。

「デーブは需要があることを確かめたがっています。パティーズ・パントリー案を実現すれば、需要を実証できます。時が来れば、自社ブランドに注力することも可能になります」

「その時点ではもう、ケンコーは特別な存在ではなくなっているだろう。パティーズ・パントリーのせんべいが当社ブランドと同品質になっているのだから。それに、この取引について、当社の現在の小売りパートナーには、どう説明すればいいのかな」

「それはまた異なる顧客ベースの話です。販売の勢いが強いことを示せば、米国内での製造を本社に働きかけることも可能になります。そうなれば、売上原価が低下して、マージンが改善します。私には、頭を悩ませる問題とは思えませんが」