知見の格差を埋める

 上級経営陣とデジタルに関して有意義な話し合いを持つのに、十分な専門知識を有する取締役は少ない。世界300社の取締役のうち、「デジタル責任者」を名乗っているのは、わずか116人である[注2]。大手テクノロジー企業から責任者を1人か2人引き抜けばよいというほど、解決方法は簡単ではない。

 その理由の1つに、すべての企業に行き渡るほどの候補者がいるわけではない、ということがある。さらに重要なのは、ひと口にデジタルと言っても、それに関連する範囲は広いことだ。Eコマース、モバイル、セキュリティ、モノのインターネット(IoT)からビッグデータにまで及ぶことを考えれば、そこで必要とされる知識と経験が、1人か2人の技術に強い候補者の能力を超えることは、容易に想像がつくだろう。

 こうした難題に取り組むために、ある取締役会の指名委員会は、顧客、市場、そして自社の基幹事業を、今後5~10年率いていくのに必要だと思われる、デジタルスキルの相関表を作成した。これにより委員会は、インターネット企業やデジタル界の実力者など、人材が豊富なセクターから視野を広げて、劇的なデジタル変革を遂げた類似セクターや企業についても、検討を行うことができた。

 その成果の1つとして、有能な取締役会の新たなメンバーを探し出すことに成功した。さらに、個々の事業にとって重要となるデジタルスキルについて、具体的に検討を重ねたプロセスによって、取締役会が全体としてさらに深く技術を理解し、経営陣と有効な対話を行う助けとなった。

 特別設置した分科委員会や諮問委員会も、デジタルリテラシーの格差を埋めるのに効果的だ。

 今日、北米の企業の取締役会で技術委員会を設けているのは、わずか5%である[注3]。この数字は急速に増えていくと予想されるが、おそらく今後設置される委員会は、現在の委員会とは様相が異なるだろう。

 たとえば、技術的な議題を話し合うために、それぞれの主題に特化した、複数の諮問委員会を召集することを始めた取締役会もある。ある消費財企業は、それぞれ技術、金融、顧客カテゴリーを専門とする委員会から成り、取締役会メンバーが状況に即した知識を得られる機会を提供する「諮問エコシステム」を立ち上げた。

 技術委員会を例に取ると、例えばIoT連携システムが消費者体験を再構築可能であるかどうかブレインストーミングをすると、技術委員会は斬新なアイデアを生み出した。それは、企業が生産ラインよりも、家庭や車、オフィスなどの場所においてビジネスを構築した場合に、何が起きるのかといったことである。取締役会は、マネジメントの構造についてさまざまなプランを押し付けたわけではなく、ただ単に、経営幹部と新たなビジネスパートナーや新しいアプリ、OSについて議論する新たな道を拓いたのである。

デジタル化の推進によって、
どのようにビジネスモデルを変革させられるかを理解する

 多くの取締役が、自社のビジネスモデルに大きな変化を与える要因について、完全に理解するための備えが不十分な状態にある。たとえば、顧客満足度が高い購買体験の設計について考えてみよう。これこそがデジタル競争の根本だが、自社がこうした購買体験を再構築、計測、向上させる施策の見直しについて、十分に時間を取って検討している取締役会メンバーは多くはない。

 それを見極めるための1つの方法は、簡単なテストをすることだ。たとえば、ある世界的消費財企業では、取締役会メンバーの数人が新しいデジタル製品とアプリのベータ版を試し、その機能が魅力的であり、インターフェースはスムーズに操作できるものであるかを評価している。これにより取締役会メンバーは、実践的な知見を得て、経営陣に対して十分な情報に基づいたフィードバックができる。

 また取締役会メンバーは、事業を横断して蓄積されたデータなど企業のデジタル資産の蓄積、データ分析能力のレベル、管理職が知見を集めるためにその両方をどのように活用しているかを探り説明できるよう、経営幹部を促すべきだ。多くの企業がパターン分析、機械学習、そしてテラバイトのテキスト、音声、画像、他のデータを高速で処理できる高度な分析がもたらす可能性を軽視している。こうした技術は、病気の診断から長期の干ばつが投資ポートフォリオに与える影響まで、あらゆることに関する知見を生み出すことに活用でき、この知見をうまく捉えて適用する企業は優位に立つことができる[注4]

 加えて、デジタル化がコストと無駄を削減し、組織活動のスピードを上げていることで、ビジネスモデルを変化させている。安価で拡張可能な自動制御、および新しくフラットなITアーキテクチャが、革新的なデジタル企業の間接費を削減して、従来企業がかけているコストよりもはるかに少ない額でのオペレーションを可能にしており、取締役会は経営幹部に対策を促さなければならない。従来企業の高いコストと対応スピードの遅さに付け込んだ隣接セクターの企業が、オンライン市場をつくり、既存の流通網を破壊し、顧客に直接販売する機会を得ている。

 ある電子部品メーカーの取締役会の例を見てみよう。

 彼らはEコマース販売力を高めるために、いますぐ行動しないと、急速成長しているB2Bオンライン業者に顧客の大部分を奪われる危機が迫っていることに気づいた。競合は同様の部品を自社より安価で提供しており、加えて、オンラインでの簡易見積もりや自動化された購入・在庫管理システムなど、顧客にとって便利な機能を提供していた。取締役会はこれを契機に、CEO、CIO(最高情報責任者)、他の幹部に対して、従来の同業他社との比較を超えた指標やレポートを検討するよう要請した。

 デジタル責任者の対応時間と営業利益を検証することにより、取締役会は、経営陣が十分に高いレベルを目指しているかを判断でき、そうでない場合は対応を促すことができる。競合他社に挑むことで50%やそれよりも高い成果を目指せるならば、10%のコストカットなど月並みな対応に甘んじる必要はない。

戦略とリスクについて、
より頻繁に、かつ深く関与する

 いまの時代、経営幹部と戦略について話し合うには、加速する破壊的革新のペースと歩調をそろえた、これまでとは異なるスピードが求められる。大規模なサイバー攻撃があれば、たった1日で企業の株価が3割暴落するなども十分にありうるし、デジタル技術を持つ競合は、成長製品のカテゴリーの競争状況を半年でひっくり返すことができるからだ。

 このような状況で、年に1、2度顔を合わせて戦略を見直しているようでは、到底間に合わない。上級経営陣が金融市場からの短期的なプレッシャーと、時として巨額の支出が必要となるデジタル施策を立ち上げる長期的な判断の間でバランスをとるには、定期的な議論が必要となる。

 ある企業では、「フォーマル/カジュアル」式と呼ばれる体制を立ち上げた。これは、従来の公式会議と経営幹部宛の報告に、非公式なやり方を組み合わせるというものだ。いまでは、一部の取締役は、特定の部門や事業のリーダーたちとチームとして動いていた。このチームは、職歴や関心が近い者同士が集まっているのが特徴だ。

 こうした関係は、取締役が現場レベルで何が起きているかを理解し、企業文化と事業の運営体制が、どのように自社のデジタル戦略とともに進化しているのかを把握するのに役立ってきた。時が経つにつれて、このやり方で得た理解により、デジタル化が新たな戦略的価値を生むであろう領域を、取締役レベルでより明確に見極められるようになり、ひいては、取締役は新たな方針と施策を株主やアナリストに伝えるうえでの確かな足場も得られた。

 取締役が経営陣に次のようなことを尋ね始めたとき、取締役会議室での対話は大きく変化する。それは、「イノベーションが顧客の関心を引いていることを示す、最も顕著な兆候とは?」「顧客へ商品・サービスをさらに広く普及させる方法と、普及し始めた後で顧客獲得コストを下げる方法は?」などという質問だ。こうした議論を促すことで、取締役は、企業文化にどのような変化が求められているかの期待を明らかにし、確立された事業において、デジタル変革を停滞させがちなリスクを抑えられる。

 このような議論は、経営陣が難問への答えを出すために急いでアイデアを練り直し、顧客からの意見を集める中で、経営陣の間に危機感を浸透させるのにも効果的だ。また、幅広い経験を持つ取締役は、こうした過程で解釈のサポートができるだろう。ある消費財企業では、1人の取締役が営業・マーケティング担当幹部と毎月、主要な顧客セグメントがどの程度のスピードで自社のデジタルチャネルへ移行しているかに関する、詳細な重要業績評価指標(KPI)に照らした進捗をチェックしている。

 リスクに関する検討も再考が必要である。懸念されるのは、サイバー攻撃が絶え間なく続く時代にあって、我々が見るところ、ハッカーの襲撃に備えて必要な制御、指標、報告体制が敷かれていると自信を持っている取締役は、わずか5人に1人であることだ。

 ある取締役会の分科委員会では、自社のIT担当幹部に対し、会社が取るべきリスク対策を判断するために、終日の集中セッションを実施している。分科委員会は調査データに基づき、ひと月に2分以上のサービス中断があると顧客の信頼を大幅に損なうことを明らかにした。取締役はIT部門に中断時間の上限を超えないよう、回復力と対応力を高める戦略を構築する課題を設定した。

 その一方で、堅牢なハイテクツールは、取締役が、デジタル企業による市場奪回リスクに立ち向かうにはどうすればよいかを見極めるのに役立っている。ある世界的銀行では、取締役はデジタルダッシュボードを活用している。これは、たとえば毎日の銀行サービス取引のうち、無人で行われた取引のパーセンテージなどを表示するもので、主要な経営KPI 10種にいつでもアクセスできる。ダッシュボードは、新興の競合他社に後れを取りがちな、銀行サービスのデジタル化に向けた進捗度を測定する、(標準的な金融指標を超えた)重要な指標を取締役に示している。

デジタルディレクターが
自社に馴染み、順応できるかを見極める

 技術に強い人材を要職へ登用するに際して、取締役は、多くのデジタルディレクターが若く、大きく異なる企業文化で育っており、現在の職種以前に取締役を務めた経験がほとんど、もしくはまったくないことに気づかされることになる。

 自社にうまく馴染む人材であるかの確信を得るためには、経歴やスキルだけでなく、候補者の気質やコミットする時間を確保できるかも把握しなくてはならない。現在では、多くの取締役会メンバーが取締役としての仕事に月に2~3日を充当し、さらに電話会議、取締役研修、他の面談などにも追加で時間を割いており、時間の確保は重要になる。

 デジタル事業で成功した企業のCEOが取締役会メンバーとして迎えられ、混乱する状況で活躍し、他の役員を刺激する役割を担っている例もある。しかし、他の上級経営幹部を交えた取締役会議で、斬新すぎる意見が功を奏することは、あまりない。

 新任のデジタルディレクターは、取締役会の文化に変化を与えつつ、他の役員の中で協調できる人材でなければならない。だが、代替策はある。有望な候補者が、取締役に専念できない、または取締役の要件の一部を満たしていない場合、顧問の役割であれば、取締役会に価値ある専門知識を提供できるだろう。

 取締役を新たに迎え入れるプロセスには、デジタル事業と従来事業の間における橋渡しとしての機能も求められる。

 ある取締役会は、数々の有力デジタル企業で上級経営幹部を歴任してきた、新進のデジタル界の実力者が入社するのを待ち望んでいた。取締役会は、通常よりも長めの入社プログラムを作成し、取締役を務めるにあたり必要な法的要件と受託者要件などについて、深く掘り下げて詳細に説明した。就任までの準備期間が終わった現在、取締役会長はいまでも、デジタル担当の取締役と月に一度顔を合わせて顧客の視点や意見を聞き、会長からは、会社に関する知識を伝えている。スムーズな入社をサポートする手法により、新任の取締役は、最初から取締役会に有益な貢献を果たすことができた。

 また企業は、新任・既存の取締役たちのデジタル能力がどのように新たな戦略に適合するかについて、先を見越して考える必要がある。蓄積してきた莫大なビッグデータ資産が自社の戦略にとって重要だと判断したある企業は、シリコンバレーのビッグデータ事業を買収した。同社の取締役は現在、ビッグデータと分析に関する基礎知識を得るために、買収した企業の経営チームとの会合に出席している。こうして獲得した知見は、デジタルへの投資と買収対象に関する取締役会での対話において価値を発揮してきた。

 取締役会メンバーが、既存の枠組みに捉われない考え方を経営幹部に促しつつ、会社を統率していきたいと望むのなら、みずからのデジタル知識を向上させる必要があるだろう。ここで概要を説明した手法に従うことは、すでに重責を課されている取締役に、さらなる負荷をかけるのは間違いない。しかし、企業の前に立ちふさがるデジタルの発展スピードが衰える兆しは見られない。

 取締役にとって成功のカギは、非常に重要なこの問題について、経営幹部とより頻繁に接触を持ち、十分な知識の裏付けを元に、説得力を持って経営幹部と関わりを持てるかにかかっている。

[注1]「Cracking the digital code: McKinsey Global Survey results」(2015年9月、McKinsey.com)および「Improving board governance: McKinsey Global Survey results」(2013年8月、McKinsey.com)参照。
[注2]「2014 Digital board director study」(Rhys Grossman、Tuck Rickards、Nora Viskin、2015年1月、russellreynolds.com)参照。デジタルディレクターは、デジタル企業内で重要な事業運営の職務を担う、あるいは、従来の企業内で主にデジタル事業運営の職務を担う非執行役員、またはデジタル企業で2種類以上の非執行役員の職務を持つ人材として定義される。
[注3]「Morgan Stanley board pushes emerging area of tech governance」(Wall Street Journal、2015年3月26日、wsj.com)参照。
[注4]また、取締役会にとって、ITパフォーマンスの評価に関する共通言語の開発がどれほど必要とされるかについて、以下で解説している。「Five questions boards should ask about IT in a digital world」(Aditya Pande、Christoph Schrey、McKinsey Quarterly、2016年7月、McKinsey.com)参照。
 

※本稿はMcKinsey Quarterly 2016年7月号掲載記事を翻訳したものです。原文は下記よりご参照ください。

原文:https://www.mckinsey.com/business-functions/digital-mckinsey/our-insights/adapting-your-board-to-the-digital-age

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