初期の苦労

 19世紀に農薬が出現して以来、それが大衆の健康と環境に及ぼすリスクについて、さまざまな人々が警告の声を発してきた。しかし、有機農法や自然食品店、有機食品の新興企業が勢いを増す1960年代末までは、彼らの警告は大衆の関心をなかなか引けずにいた。

 それから10年後、有機ワイン産業の生産規模は初めて拡大に向かう。その原動力となったのは、環境に優しく、純粋なテロワール(土壌・気候)――つまりブドウ畑の環境に備わった条件がもたらす味と香り――を持つ商品が生産されることへの期待と、社会歴史的な伝統を一貫して取り入れた生産プロセスである。

 ただし、初期の有機ワインは、数々の理由により市場での評判が芳しくなかった。まず、従来のワイン産業には脅威と見なされた。彼らは有機ワイン醸造業者らの新しい業界団体を容認せず、「有機ワインは従来のワインよりも高品質で、有害なおそれのある化学物質を含まない」という宣伝文句にも疑問を投げかけた。

 有機ワインの先駆者であるジョナサン・フライはインタビューでこう述べている。「大手ワインメーカーは、有機ワインは冗談みたいなもので、健康に何らメリットがないと証明するために、資金を投じて科学的調査をするほどだった」

 有機ワインは、卸業者や小売店からもあまり歓迎されなかった。通常は亜硫酸塩が添加されていないため、劣化しやすいと考えられていたからである。このため、多くの卸業者と小売店は販売を躊躇した。規模と人気を増していた有機商品専門のスーパーマーケットでさえ、有機ワインの仕入れには二の足を踏んだ。2010年に米国で有機食品販売の半分以上のシェアを占めるようになったホールフーズ・マーケットでも、有機ワインの販売促進は滅多に行われなかったのだ。

 また、有機ワインの品質は低い、という根強い悪評を払拭することも課題であった。有機栽培(および亜硫酸塩無添加)による生産が試みられた初期には、一部のワインは酢のようになることがあり酷評された。しかし不可解なことに、有機ワインが名誉ある賞を獲得するようになってからも、味が悪いという評判はなくならない。顧客は、「環境への配慮」と「ワインの品質」はトレードオフの関係にあると考えたらしい。

 この概念は、たとえば有機野菜については存在しなかった。無農薬栽培された野菜は健康によいと、広く信じられていたからだ。

 ところが、ワインは健康よりも「快楽」を想起させた。2014年の調査によると、ワイン以外の有機商品はプレミアム価格で販売されるにもかかわらず、ワインのラベルに「有機」という言葉が記されると、価格が20%下がることがわかった。それに伴う低品質という誤解、および低めに設定されがちな価格帯により、有機ワインの生産業者は圧迫された。有機ワインの生産は、従来のワインより多くの人手を要するため、生産コストが高くなるのだ。

 さらに問題だったのは、「有機」ワインを定義づける共通の基準はほとんどなく、他に「自然派ワイン」「生ワイン」「環境保全型〈サステナブル〉ワイン」などさまざまな呼称があったことだ。有機ワインの基準は欧州と米国で策定されつつあったが、亜硫酸塩の使用について激しい論争が繰り広げられ、異なる形で決着を見る。

 欧州では、2012年にようやく有機ワインに関する法律が制定され、添加できる亜硫酸塩の最大量が定められた。かたや米国では、農務省が有機ワインへの亜鉛酸塩を禁止した。