『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2018年5月の注目著者は、バブソン大学特別教授を務めるトーマス H. ダベンポート氏です。

ダベンポートの研究者人生は
社会学から始まった

 トーマス H. ダベンポート(Thomas Hayes “Tom” Davenport)は当年63歳、バブソン大学のITマネジメントの特別教授であり、国際分析研究所の創設者として研究ディレクターを務める。バブソン大学ではビッグデータの分析力に関するプログラムを担当するほか、マサチューセッツ工科大学のリサーチフェローとしても同様のプログラムを教えている。また、デロイトによるグローバルな分析解析サービス事業である、デロイト・アナリティクスのシニア・アドバイザーを兼務している。

 ダベンポートは、1976年、テキサス州サンアントニオにあるトリニティー大学を優秀な成績(Phi Beta Kappa)で卒業すると、ハーバード大学の修士課程に進学し、社会学を専攻した。さらに博士課程に進み、1980年に社会学のPh.D.を授与された。同氏の博士論文のテーマは、“Virtuous Pagans: Unreligious People in America”(高潔な異教徒:米国における無宗教である人々)であった。

 ダベンポートは同年、シカゴ大学の助教授(assistant professor)に採用されたが、翌年にはハーバード大学の講師となり、1988年にはハーバード・ビジネス・スクールの上級研究員(senior research associate)となった。一時、マッキンゼー・アンド・カンパニー、アクセンチュア、アーンスト・ヤングなどのコンサルティン・ファームでITリサーチ・ディレクターを勤めながら、1992年にボストン大学ビジネス・スクールの准教授となり、1998年には教授に昇任した。その後、2004年、現在も籍を置くバブソン大学の教授に就任した。

 ダベンポートは40年近く、教育研究とマネジメントコンサルティングにたずさわってきたが、前半の20年間の関心はむしろ、社会学の立場から、情報通信技術の発展に合わせて、それを活用する人間と組織の問題に着目し、情報通信技術を駆使したナレッジ・マネジメントのあり方について研究した。そして後半の20年間は、企業の競争優位を実現する、データベースを活用した分析力と、その分析に基づく意思決定のあり方について論じた。

情報システムを活用する
人間と組織の問題を指摘

 同氏の初期の関心は、企業情報システムや、当時SAPによって企業に導入された統合ソフト(ERP:Enterprise Resource Planning)に関する活用の問題点を指摘し、いかに企業経営に活用するか、という点であった。

 ダベンポートが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に最初に寄稿した論文である “How Executive Can Shape Their Company’s Information Systems,” HBR, March-April 1989.(未訳)、“Putting the Enterprise into the Enterprise System,” HBR, July-August 1998.(邦訳「既製のERPを有効に活用する法」DHBR1998年11月号)、さらにHBR日本版の書き下ろしの論文である、“Enterprise Systems and Competitive Strategy” (邦訳「競争優位を生み出すエンタープライズ・システム」DHBR2000年7月号)では、ERPの導入で全社の情報を単に統合することよりも、自社の戦略と組織のあり方を見直す必要性を指摘している。最初の書籍となる、Process Innovation, 1992.(邦訳『プロセス・イノベーション』日経BP社、1994年)でも同様のテーマを扱っている。

 また、情報通信技術を駆使したナレッジ・マネジメントという視点からは、その導入に伴う問題点を指摘し、従業員が無意識にナレッジ・シェアリングを実践する方法について、“Introduction: Integrating Knowledge Management into the Organization”(邦訳「[入門]ナレッジ・マネジメント実践法」DHBR1999年9月号)というHBR日本版の書き下ろし論文と、“Just-in Time Delivery Comes to Knowledge Management,” HBR, July 2002.(邦訳「ジャスト・イン・タイム型ナレッジ・マネジメント」DHBR2002年12月号)がある。さらに書籍として、Working Knowledge, 1998.(邦訳『ワーキング・ナレッジ』生産性出版、2000年)を出版した。

従業員のナレッジを活かす
マネジメントとは何か

 ダベンポートは、2000年1月にボストン大学を離れると、アクセンチュア戦略革新研究所、アーンスト・アンド・ヤング・ビジネス・イノベーション・センターに所属し、マネジメントコンサルティング活動に専念するようになった。以降、企業はどのようにして従業員の能力を引き出していくべきかという、従業員の意識改革が中心的な研究課題となる。

 たとえば、“Getting the Attention You Need,” HBR, September-October 2000.(邦訳「情報と『意識』のマネジメント」DHBR2001年1月号)や、The Attention Economy, 2002.(邦訳『アテンション!』シュプリンガー・フェアラーク東京、2005年)では、情報が氾濫する時代において、従業員の情報に対する意識や注意力が散漫になってナレッジ・ワーカーとしての能力を発揮できず、それがナレッジ・マネジメントを実践するうえで問題となること、そして、情報化社会にナレッジ・ワーカーである従業員の能力をどのように活かしていくかを検討するうえで、「アテンション・マネジメント(注意力や集中力のマネジメント)」が重要であることを指摘した。

 また、“Who’s Bring You Hot Ideas(and How Are You Responding)?” HBR, February 2003.(邦訳「アイデアの具現者が企業を動かす」DHBR2003年6月号)を寄稿し、組織として、アイデアの具現者となるナレッジ・ワーカーをどのように見出し、育っていくべきかを論じた。さらに、 “Breakthrough Ideas for 2005: Let Them All Be Power Users,” HBR, February, 2005.(邦訳「2005年のパワー・コンセプト(下):知識労働者のほとんどがITのパワー・ユーザーではない」DHBR2005年6月号)では、企業がナレッジ・ワーカーを煩雑な業務に従事させて、その能力を活かせていない現実を指摘した。

アナリティクスこそ競争優位の源泉

 ダベンポートは、2004年、マサチューセッツ州ウェルズリーにあるバブソン大学に教授として迎えられた。同校は企業家教育に特色を持つ大学であり、トヨタ自動車の豊田彰男社長兼執行役員社長、イオンの岡田元也取締役兼代表執行役社長など、著名な日本企業の事業承継者の留学先としても知られている。

 当時の企業には、業務管理費用を軽減すると同時に、付加価値の向上が求められており、そのためには情報処理などのビジネスプロセスをアウトソーシングするBPO(Business Process Outsourcing)が盛んに行われるようになっていた。それに伴い、ビジネスの諸活動と、その流れの標準化が求められていた時代である。ダベンポートも、“Coming Commoditization of Process,” HBR, June 2005.(邦訳「ビジネスプロセスがコモディティ化する」DHBR2005年11月号)において、サプライチェーンや情報処理など、ビジネスプロセスを構成する諸活動の標準化に際して、その基準の一般化を検討した。

 その後、ビジネスプロセスの標準化が進んだことでBPOは促進された。ただし、ダベンポートが、“Breakthrough Ideas for 2009: Should You Outsource Your Brain?” HBR, February, 2009.(邦訳「2009年のパワー・コンセプト:意思決定もアウトソーシングされる時代」DHBR2009年6月号)で問題提起したように、企業経営の意思決定のプロセスまでがアウトソーシングされるようになったことで、従来、競争優位の源泉の1つであったビジネスプロセスの企業間格差は縮小し、新たな源泉が必要とされた。

 ダベンポートは、“Competing on Analytics,” HBR, January 2006. (邦訳「分析力で勝負する企業」DHBR2006年4月号)で論じたように、その源泉を「アナリティクス(分析力)」に求めた。“How to Smart Business Experiments,” HBR, July 2009.(邦訳「『科学的実験』で仮説を検証する経営」DHBR2009年7月号)や、ベストセラーとなった、Competing on Analytics, with J. Harris, 2007.(邦訳『分析力を武器とする企業』日経BP社、2008年)では、直感や経験則に頼らずに、分析から導き出した仮説を検証して意思決定を下す重要性を説いている。

アナリティクス3.0の時代へ

 今日、アナリティクスは進化し、「アナリティクス3.0」の段階を迎えようとしていると、ダベンポートは言う。

 アナリティクス1.0は、生産工程や販売、顧客とのやり取り、従業員の勤務状況や人材情報などがデータとして記録され分析されることによって、直感ではなく、分析された「事実」に基づく意思決定がされることを意味する。そして企業の競争優位は、意思決定プロセスの改善と、オペレーションの効率化によるパフォーマンスの向上から生まれた。またアナリティクス2.0では、ビッグデータが生まれ、それを解析するために生産性の高いデータ・サイエンティストが雇用され、新たなケイパビリティの構築と顧客獲得のためのツールが開発された。そしてアナリティクス3.0では、これまでのようにアナリティクスを基盤に競争する企業と、データやツールを提供する企業に限らず、どの企業にもビジネス・チャンスがもたらされる段階となった。

 ダベンポートは、“Make Better Decisions,” HBR, November 2009.(邦訳「意思決定プロセスのカイゼン」DHBR2010年3月号)、 “Competing on Talent Analytics,” With J. Harris and J. Shapiro, HBR, October 2010.(邦訳「『人材分析学』がもたらす競争優位」DHBR2010年12月号)、“Know What Your Customers Want Before They Do,” With L. D. Mule and J. Lucker, HBR, December 2011.(邦訳「データが導く顧客への最適提案」DHBR2012年7月号)は、アナリティクス1.0における応用分野の議論であるが、データが存在しながら、分析力に問題があるために、間違った結論を導く場合が少なくない事態を指摘した。

 また前述の通り、アナリティクス2.0で必要なのはビッグデータの分析であり、そこでは分析力に富んだデータ・サイエンティストやアナリティクスの専門家が必要とされるので、どのように彼らを活用すべきか、を考えることであった。ダベンポートは、“Data Scientist: The Sexiest Job of the 21st Century,” with D, J. Patil, HBR, October 2012.(邦訳「データ・サイエンティストほど素敵な仕事はない」DHBR2013年2月号)や、“Keep Up With Your Quants,” HBR, July-August 2013.(邦訳「アナリティクスの専門家をいかに活用するか」DHBR2014年5月号)において、専門家の人材養成の必要性や、マネジャーがそうした人材を上手に活用する方法を示している。

 さらにダベンポートは、“Analitics3.0,” HBR, December 2013.(邦訳「アナリティクス3.0」DHBR2014年5月号)や、“Beyond Automation,” HBR, June 2015.(邦訳「オーグメンテーション:人工知能と共存する方法」DHBR2015年11月号)において、アナリティクス3.0では、アナリティクスの技術を活用することで、意思決定やオペレーションの自動化を超えて、事業の最適化が進むことを予測した。なお同様の内容を論じた書籍として、Big Data at Work, 2014.(邦訳『データ・アナリティクス3.0』日経BP社、2014年)や、Only Humans Need Apply, With Julia Kirby, 2016.(邦訳『AI時代の勝者と敗者』日経BP社、2016年)がある。

 ヘンリー・ミンツバーグは、マネジメントにとって不可欠な3要素(マネジメント・トライアングル)として、アート、サイエンス、クラフトを挙げている。アートとはビジョンの創造と内省による包括的な統合、サイエンスとは科学的な事実であるデータの評価による体系的な分析、そしてクラフトとは行動と経験による実践的な学習である。冒頭で、ダベンポートの博士論文のテーマが「高潔な異教徒:米国における無宗教である人々」であったと述べたが、同氏は、マネジメント・トライアングルの中でもサイエンス、すなわち科学的な事実のみを信仰の対象とする、まさに「高潔な異教徒」であり、その伝道師であるように思える。