自動翻訳が普及すれば語学教育の在り方が問われる

――翻訳の精度の向上には、対訳データ量とアルゴリズムが2本柱であり、前者の対訳データ量を増やすために「翻訳バンク」の運用を開始したとのことですね。

 アルゴリズムはいま世界中で協調と競争で開発が進んでいます。新しいアルゴリズムが開発されると、オープンソースで公開され、誰でも使える状態になります。それを皆が取り込み、どんどん進歩しています。一方、翻訳データはオープン化されず、グーグル、マイクロソフト、百度、NICTがそれぞれ独立に蓄積しています。

 自動翻訳システムのさまざまな分野への対応や高精度化を進めるために、オールジャパンで翻訳データを集積するのが「翻訳バンク」です。NICTは日本語と外国語の対訳データを蓄積し、これに基づいた高精度な翻訳技術を広く展開していきます。

――自動翻訳によって「言葉の壁」がなくなることで、私たちの生活はどう変わりますか。

 メディアアーティストの落合陽一さんに共感しているのですが、彼は著書のなかでこう言っています。「自動翻訳の精度はものすごく上がっている。にもかかわらず、自動翻訳は(誤訳が多く)ダメだという人の日本語が実は正しくないのであって、正しい日本語を書けば、正しい英語になる。これからは自動翻訳が普及するから、外国語を勉強するよりも、ほかのことを勉強したほうがいい。言葉の壁はもうすぐなくなると考えて、人生をデザインしなさい」と。

 実際に語学の勉強は大変です。日本人は英語の勉強に中学・高校で910時間かけています。それ以外にも大学や、語学学校に通ったりしていますが、なかなか習得できません。日本人は英語が下手だということではなくて、日本語と英語が大きく違っていて習得が難しいのです。アメリカ国務省が語学のプロを養成するときに、どれだけ時間をかけるかという表があり、英語話者にとって一番簡単なのが、オランダ語、フランス語、イタリア語で、23~24週、約600時間で済みます。ところが日本語や韓国語は88週間、2200時間かけないと使えるようにならないようです。

 日英は難しい言語ペアであるので習得には膨大なコストがかかりますが、日本人全員にその負荷をかける意味はあるでしょうか。もちろん、自動翻訳があるからといって、語学教育が不要だとは思いません。ベストな語学教育をデザインし直す必要があるのでしょう。たとえば、重要なのは異文化理解です。日本語と英語は語順も違うし、語彙も違います。語学教育を通じて、そういう世界が存在することを知っておくことが、多様性を許容する基礎になるのではないでしょうか。

――2020年のオリンピックイヤーには、どんなことが実現していますか。

 外国の方が訪日しても言葉が通じない、意思疎通ができないといった昔の日本のようなことはなくなっているでしょう。

 最近、急速に外国人観光客が増えていますが、彼らは何に不満を持っているかというと、日本人とコミュニケーションができないことだそうです。観光地のお土産屋さんのなかには、外国人が来ると目を伏せる方もいらっしゃるようです。

 自動翻訳がコミュニケーションをサポートできれば、お互いに積極的になれるし、もっとモノも売れるでしょう。政府は、2020年に訪日外国人旅行者を4000万人とする目標を掲げていますが、数を増やすだけではなく、質も高めていかないといけません。外国人観光客の体験がすばらしいものになれば、もう一度日本に行こうとなります。オリンピックで日本に来た人が、「日本には音声翻訳器があるから言葉の問題はない」とSNSで発信するようになれば、日本に行きたいと思う外国人はもっと増えると思いますし、日本製の音声翻訳器もどんどん海外に売れていくでしょう。

(構成/堀田栄治 撮影/宇佐見利明)