スマホの欠点は、その利点と切り離すことができない。スマホは人と人をつなぎ、あるいは、人と世界の集合知のほぼすべてをつないでくれる個人用ハブとして大きな価値を持つ。そのため、日常生活のさまざまな場面で重要かつ有意義なものとして存在している。

 認知心理学研究の示すところでは、人は重要性がふだんから高いものに対して、別の作業に集中しているときでも自動的に注意を向けるよう学習する。たとえば、誰かと熱心に会話しているときでも、遠くで自分の名前が呼ばれると振り向くだろう。子育て中の親が、赤ん坊の泣く姿泣き声に無意識のうちに反応するのと同様だ。

 筆者らの研究は、スマホが近くにあることが、自分の名前が呼ばれるのと、ある意味で同質であることを示唆している。スマホは常に人に呼びかけ、人の注意を引き寄せる引力を持っているのだ。

 スマホが鳴っていると錯覚した経験があれば、すぐにわかるだろう。この引力を遮断しようとしたり、抵抗しようとしたりすることに多くのエネルギーを要するため、かえって認知能力を下げてしまう。皮肉なことに、スマホに触れたいという願望に抵抗できたとしても、抵抗することにエネルギーを取られすぎて、認知能力がいっそう下がりかねないのである。

 あなたも影響を受けているだろうか。おそらく、その答えはイエスだ。

 最近出席した会議や講義の場面を思い出してみよう。誰かがテーブルの上にスマホを置いていなかっただろうか。映画に行ったとき、友だちと遊びに行ったとき、読書中、ゲーム中についても考えてみよう。そのとき、そばに自分のスマホはあっただろうか。どんな場面でも、スマホが近くにあるというその事実が、あなたの認知能力を下げていたかもしれない。

 筆者らのデータはまた、スマホとの心理的つながりが高いと認識している人ほど、スマホの存在がもたらすマイナスの影響を強く受けることを示している。つまり、「スマホなしには1日だって過ごせない」「1日でもスマホを使えないと辛い」といった文章に強く同意する人たちである。スマホに頼る人がますます増えていく世の中で、この影響はさらに強まり、また、さらに広がると見るのが論理的だろう。

 もちろん、スマホのマイナス面を指摘したのは、筆者らのチームが初めてではない。運転中に通話やメールをしていて(または歩行者がメールしていて)死亡事故につながった例は多い。何か別のことをしている最中に着信音が鳴るだけでも、不安が募る。誰かからのメールや電話を逃がしたと思うと気もそぞろで、長時間の集中を要する作業のパフォーマンスが落ちたり楽しみが台なしになったりするおそれがある。

 こういった認知上、健康上の悪影響に加えて、スマホは社交にもマイナスをおよぼすかもしれない。スマホを取り出すことが人付き合いの邪魔をし、楽しさを減らす可能性がある。

 だが、こういったスマホの欠点を心に留めると同時に、スマホには非常に大きな価値があることも認めなくてはならない。

 1日のうち、スマホでできることを挙げればきりがない。友人や家族や同僚と連絡を取り、オンラインで何かを注文し、天気予報をチェックし、株を売買し、住所だけを頼りに知らない場所に行き着く……。スマホには明らかに効率を上げる力がある。スマホのおかげで時間と金が節約でき、他人とつながれ、生産性が上がり、娯楽をいつでも楽しめる。

 では、どうすれば、スマホの欠点と利点の板ばさみになることを解消できるのだろうか。