想定したゴール以上のものを出す

永山:連載第1回の話になったので、今度は最終回のことについて僕からきかせてください。今回の最終回のイメージは、連載初期のころから持たれていたんですか。

入山:それはすごくいい質問ですね。うーん、初期の頃から「最終回ではこういうことを書きたいな」という」ざっくりとしたイメージはずっと持っていました。けれども、書いてみないとどうなるか、正直わからない。

 過去にも、まさに執筆段階になって新しく展開を思いついて、それが当初の想定していたもの以上になった経験は何度もありますね。例えば、経済学編の最後、第12回「リアルオプション理論」は、まさにそう。リアルオプション理論が終わると、次から「心理学ディシプリン」に入るんです。でも、経済学と心理学、2つのディシプリンをどう繋ぐかの流れをはっきりと決められないまま、僕は第12回を書き出しだんです。

永山:いきなり書き出した、と。

入山:そう。リアルオプション理論は、ざっくり言ってしまえば、「事業環境の不確実性を理解して、それを前提に、少しずつ投資していく」と言う考え方です。経済学ディシプリンであるこの理論では、不確実性は例えば過去の市場成長率の分散とか、そういうもので測れるものだ、という前提があります。

 でも、第12回を書いていて、僕が頭に浮かんだのは「不確実性を『測る』ことはできるかもしれない。でも、『そもそも何が自社にとって本当に不確実性なのか』をそもそも『見抜く』力と言うのは、経済学ディシプリンの理論では身に付かないし、説明もできないのではないだろうか」という疑問です。いわば、目利き力ですね。

 この目利きの力は経済学でまったく説明できないな、と書いている途中で思いついて。「だから経済学理論だけでは不十分だ。これを説明できる理論は、認知心理学にしかない。だから来月から心理学ディシプリンをやります!」というように、それこそ目利きの達人として日本電産の永守さんなんかを引き合いに出しながら、経済学ディシプリンから心理学ディシプリンへ移る繋ぎの部分がものすごくスムースに書けた。

 書き終わる頃には、「ああ~、これだ、これ!」って。最高のつなぎができたなと、自画自賛していました(笑)

永山:ディシプリン間の繋ぎの流れは、入山先生にも想定外だったんですね。

入山:そう。けれど、書いてみたらすごく上手く繋がった。そういうことは、よくあります。この回の繋ぎは、自分でもすごい!と思っていて。肱岡さんに「僕、天才かもしれない」ってメールしましたもん(笑)。

――その私宛のメールが残っていますね。これです。

「2015/06/12 でしょ!今回の原稿の最後の心理学へのつなぎの部分は、書いている途中でふと思いついたのです。思いついた瞬間、『オレ、天才かも……』と思ってしまいましたw」と書いてありますよ(笑)

経営学の『ブルー・オーシャン』的連載

入山:僕は、岩佐さんと肱岡さんに頼まれて、2015年に『[新版]ブルー・オーシャン戦略』の監訳もやらせてもらったのですが、この連載は、ちょっとブルー・オーシャン戦略っぽいなと思っているんです。

 ブルー・オーシャン戦略の根幹は、「引き算」にあります。引き算をするから、新しい市場が開ける、と。そしてこの連載も、引き算なんです。従来の経営学の論考の色々な要素を、「取り除いて」いるんですよね。

 つまり、本来はもし経営学者という立場を重視して書くなら、今の連載よりももっと「増やす」要素があるはずなんです。例えば、理論の詳細、小難しい数学的な考え方とか、学術用語…そういうものは全部取り除いている。結果的に、この連載は学者の人が読むのにも十分に耐えうる内容だと自負していますが、一方で一般のビジネスパーソンの方々にも十分に理解してもらえる、分かりやすい内容になっています。

 だからこそ、連載を読んだビジネスパーソンの皆さんが、僕の勉強会に大勢参加してくれる。「超アカデミックな内容を、ビジネスパーソンに分かるようい噛み砕く」という、新しいマーケットを拓けたのではないのかな、と思っているんです。

永山:いまの件で前から思っていたことがあるんです。入山先生が嫌いな、コンサルタントとかがよく使う2×2の4セルマトリックスを使って説明したいんですけど。

入山:べつに嫌いじゃないよ(笑)。

永山:僕は、経営学者が書くものを分類すると「情報を加工するか、そのまま出すか」「情報が新しいか、古いか」の2軸で分けられると思うんです。まず、通常の日本の経営学者がビジネスパーソン向けに書籍を出す場合、「古い情報を加工して出す」……ここに該当するものが多い印象があります。

 一方で、「情報がそのまま×新しい」の部分は、学者が執筆する、まさに学術論文です。書くのは学者で、読み手も学者向けのものですね。それらに対して、入山先生は、「情報を加工する×新しい」と言う枠で力を出されていて、この連載もこのポジションで書かれているのだと思います。

 この連載は、僕のような学者にとっても、新しい知見が読めるからすごく面白い。ビジネスパーソンも、学者も、どちらのオーディエンスもつく読み物という意味では、確かにブルー・オーシャンなのかなと思います。

入山:なるほどね。そうかもしれない。

永山:少なくともこれまでの日本には「新しい情報をうまく加工して出せる人」が、今までいなかったような感じがして、それがすごく新鮮だったのかなと思うんです。

入山:海外の経営学の最先端をキャッチアップしている経営学者は、僕でなくても、何人かはいらっしゃるんですよね。むしろ、僕以上に詳しい。だから「情報を加工する」というところが、稀少性が高いのかも。

永山:そして、その加工具合が非常に分かりやすいんですよね、異様に(笑)。だから入山先生のポジショニングは、こういうことなのかなとずっと思っていたんです。

岩佐:学者の中では「加工が上手」というのは珍しいんですか。

永山:珍しいですね。学術誌向けの書き方を向上させることは業績に繋がりますが、ビジネスパーソン向けに分かりやすく加工する部分を磨くことに、インセンティブがないんですよね。

連載で得たものは何か

岩佐:ここまで色々と振り返ってきましたが、連載もついに終わってしまいます。入山先生は連載を続けられたことで、よかったことはありましたでしょうか。

入山:いや、よかったことしかない!ですね。

 まず第一に言っておきたいのは、僕はこの約4年間、「この連載に賭けていた」ということです。まあ、当初は2年で終わるつもりの連載だったんですけど(笑)僕は、人生のタームが5年ぐらいでいつも変化しているんです。慶應に修士まで6年いて、そのあと三菱総研に5年いて、辞めて留学して、アメリカでも博士課程に5年いて、博士号を取った後で勤めたニューヨーク州立大も5年いたんです。

 だいたい5年ぐらいが自分の仕事のサイクルなのかなと思った時に、2013年に日本に帰ってから最初の5年どうするか考えた。そういう意味で、連載の先のゴールでもある、「世界初の、経営理論の完全な教科書をつくる」というのが、この5年で自分が本当にやりたいことだった。それが、DHBRのおかげでこんなにいい形で長期連載でき、色々な人に読んでもらえて、そして無事に最終回を迎えられる。そしてこれから本へと繋がっていく。本当に良かったなと思っています。

 2つ目は、自分の中でも、経営学の世界観が広がって、出来あがってきたことが良かったですね。

 実は、この連載で紹介した多くの理論の中で、僕がもともと知っていた理論はそんなにないんです。何となくは知っているけれど、少なくとも完璧には理解できていない。それは、第1回の「連載の予定」という表を見てもらえれば分かるんですが、この連載は、当初21回で終わる予定で(笑)。つまり、書いているうちに「あ、この理論も紹介しなきゃ、あの理論も紹介しなきゃ」となったんですよね。

 自分がまだよくわかっていない理論を、毎月何十本も関連する論文を読んで、死ぬ気で理論を理解して、原稿に落とし込む。しかも、それをビジネスパーソンに分かりやすく書くっていう作業を、3年半繰り返したわけです。

永山:補足しないといけないかもしれませんが、同じ経営学でも、違うディシプリンの論文は普通は読まないんです。経済学ディシプリンの人は社会学ディシプリンの論文はなかなか読まないし、心理学ディシプリンの人は、経済学ディシプリンはほぼ読みません。考え方も全く違いますし。

 パソコンで言うと、OSが違うようなものです。前提が違うので、論文の読み方が結構わからない。論文を読んでも、「これ、どういうこと?」というところからのスタートになります。ディシプリンを超えて、理論を理解することは本当に大変なんです。

入山:自分で言うのもなんですが、3つのディシプリンをまたいで、これほど体系的にまとめた人は、おそらく世界で自分だけだと思うんです。完璧とは言いませんが、なんとなく経営学理論の世界観のようなものが、自分の中にできました。僕は学者としてはまだまだ未熟ですが、この部分に置いては、おそらく他の研究者より広い視点を持てたのではないかと思います。

 そして3つ目の嬉しかったことは、何よりも様々な方からフィードバックをもらえたことですね。「ハーバードの連載読んでいます!」と、色々な人が言ってくれました。特に、第25回のセンスメイキング理論は反響が大きかったです。当初、このテーマは全く書く気がなかった。うっすら「大事な理論かも」と思ってはいたけれど、正直理解が難しくて、僕から見ても呪文みたいな理論でした(笑)けれど理解したら、これはやっぱり大事なんだと思って。

 掲載後に反響が大きかったので、最近は自分の講演などでもよく触れる理論です。勉強会をしてもいちばん反響がありますし、書いてよかったと思う回でしたね。連載が無ければ、経営学の理論が現場でどのように受け止められるのか、その感覚を知ることはできなかったと思います。

永山:センスメイキング理論では、正解が分からない中で、皆で分かっていくプロセスを理解する、というのが趣旨ですよね。いまの時代に反響がありそうですね。

 本にする時は、それらの反響も踏まえて、内容もさらにアップデートされるんですか。

入山:もちろん、そのつもりです!この連載の充実ぶりには大いに自信を持っていますが、でも実際、4年間近くも連載を続けると自分も成長するので、「ああ、あの時のことはこう書くべきだったな」みたいなものもあるんですよね。幾つかの章は大幅に書き直すことも考えています。構成も書籍用にかなり変えるつもりです。

 ですから、単に連載をまとめたものというよりは、あたかも書き下ろしのような、完全にまっさらな本として世に出したいと思っています。海外・国内の研究者・大学院生クラスが読むにも耐える内容で、かつ多くのビジネスパーソンにわかりやすく「腹落ち」してもらえる本にしたいと思っています。

 でもこんな大風呂敷広げちゃうと、この後の執筆作業で自分の首を絞めるんですけどね(笑)。永山君、また手伝ってくれない?ウナギおごるから(笑)

 

 

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