『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2018年4月の注目著者は、トロント大学ビジネススクール教授であり、「クリエイティブ・クラス」の議論で著名なリチャード・フロリダ氏です。

イタリア系移民の両親のもとで
充実した教育環境を与えられる

 リチャード・フロリダ(Richard L. Florida)は、1957年に米国ニュージャージー州ニューアークに生まれ、当年60歳となる。

 フロリダは現在、トロント大学ビジネススクール(The Joseph L. Rotman School of Management)で「ビジネスとクリエティビティ」を担当する教授であり、トロント大学前学長として著名なロジャー・マーティン(Roger Martin)の名前を冠したマーティン・プロスペリティ・インスティテュートにおいて、都市問題担当のディレクターを兼務している。さらにフロリダは、『アトランティック』誌の編集者でもあり、2002年に創設したクリエイティブ・クラス・グループ(Creative Class Group)では、自治体や企業に対してコンサルティング・ビジネスを行うなど幅広い活動をしている。

 フロリダの父、ルイス・フロリダは、イタリア系移民の両親のもとで育ち、一家の生活を支えるために14歳で中学校をやめて、ニューアークにある眼鏡フレームの製造工場で働いた。ただ、父は子どもたちには満足な教育を与えることを信条としており、カトリック系の私立校であるクイーン・オブ・ピース・スクール(Queen of Peace School)に進学させた。

 フロリダはその後、高校在学中に奨学金を得て、ラトガース大学[注1]に進学し、政治学を専攻した。1979年に同大学卒業すると、博士課程に進学するとともに研究助手となった。そして、ラトガースの研究助手のまま、コロンビア大学大学院に編入学を果たした。

2つの出合いが
フロリダの研究者人生を決めた

 フロリダが今日、「クリエイティブ・クラス」を研究課題とするに至るまでには、2つの原点といえる出合いがある。1つは、日本の製造業に関する研究である。もう1つは、ジェーン・ジェイコブス(Jane Jacobs)による著作であった。

 フロリダは、1984年にコロンビア大学の都市政策の修士課程を修了すると、同年、オハイオ州立大学の講師として採用され、彼の学究人生が始まった。翌年には、同大学の都市地域環境学科の助教授に昇任し、1987まで在籍した。その間、1986年にコンロンビア大学からPh.D.を授与された。

 フロリダが学究人生を歩み始めたオハイオ州は、ホンダに代表されるように、日本の自動車産業が進出していた地域であった。そのためフロリダの研究も、日本の自動車企業における米国での現地経営に焦点が当てられた。また同州には、自動車産業以外の日本企業も多数進出していたため、フロリダの主要な研究課題は、1980年代を謳歌した日本的経営となった。

 フロリダは研究を通して、当時の日本企業の優位性は、従業員の創造性を活用していることにあるという知見を得た。トヨタなどの日本企業の訪問により、日本企業は研究開発者やエンジニアにとどまらず、製造プロセスの現場にいる従業員の創造性を活かした経営が実践されており、それが日本企業の競争優位を形成していると理解した。そして、創造性のある人材であるクリエイティブ・クラスの育成と確保が、企業ばかりでなく、国家の優位性を形成することになる。それが、フロリダが導いた結論であった。

『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』編集部によるインタビュー「『クリエイティブ・クラス』とは何か」の中で、フロリダはこう述べている。「私がこのテーマに行き着くきっかけとなったのは、若い研究者だった頃に、トヨタ生産方式を研究したことです。(中略)そこでわかったのは、トヨタ生産方式は、工場労働者の知識や知性を高度に活用していることでした」

 フロリダの初期の論文である、“Beyond Mass Production: Production and the Labor Process in Japan,” with Martin Kennedy, Politics and Society, 1988.では、米国のビッグ・スリーが工場閉鎖を余儀なくされる中、米国に工場を移転した日本の自動車企業の成功は、その生産モデルの中心にある、技術、作業、製造プロセスの組織化による徹底的な革新の結果であることが示されている。日本の生産システムは、革新と生産性向上の源泉として、研究開発から工場の現場に至るまで従業員の知的能力を活用しているとし、知的作業と現場作業との融合という資本主義の新しい姿を論じた。

 同論文では、1980年代、日本企業の従業員による知識の活用について、野中郁次郎のSECIモデルに代表されるように、従業員の「知識」を活用することが、企業の永続的な競争優位の源泉の1つであると指摘されている。なお、野中郁次郎は、『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に、“The Knowledge –Creating Company,” HBR, November- December 1991.(邦訳「組織的知識創造の新展開」DHBR1992年3月号、新訳「ナレッジ・クリエイティング・カンパニー」DHBR1999年9月号)を寄稿した。

 フロリダが都市の問題に取り組むことになったのは、イノベーションがどのような人材の地理的集積で生まれるのか、という問題意識が契機である。そしてクリエイティブ・クラスとの出会いは、イノベーションが都市の持つ多様性から生みされるという、ジェーン・ジェイコブスによる、Cities-Cities and the Wealth of Nations, 1985.(邦訳『都市の経済学』TBSブリタニカ、1986年。新訳『発展する地域 衰退する地域』筑摩書房、2012年)との出合いであった。

 アルフレッド・マーシャルが「集積の利益」を説いたのに対して、ジェイコブスは「イノベーションは新しい何か異質なものと結びついた時に生まれる」と述べ、多様な人々や異なる業種の企業が集まった都市という集積こそが、イノベーションを生み出すインキュベーションの役割を果たしたと主張した。なお、人や企業が享受する経済性は「ジェイコブ型外部性(Jacobs externalities)」と言われる。

 1987年、フロリダが30歳とき、同氏はカーネギーメロン大学公共政策大学院(Heinz School of Public Policy & Management)の助教授に採用され、1990年に准教授に、1994年には教授に昇任した。さらに1993年には、カーネギーメロン大学経済開発センターのディレクターとして採用され、1996年には同大学ハインツ・カレッジ(Heinz College)の教授となった。

 フロリダがHBR誌に寄稿した最初の論文は、“When Social Capital Stifles Innovation,” with Gary Gate and Robert Cushing, HBR, August 2002.(未訳)である。題名を邦訳すると、「ソーシャル・キャピタルがイノベーションを阻害するケースとは」となる。

 ジェイコブスは、都市の持つ多様性からイノベーションが生まれると主張したが、地域や都市間を比較するとイノベーションの発生レベルは異なる。フロリダは、その要因を探究するなかで、当時「ソーシャル・キャピタル」として話題とされた地域コミュニティに着目した。

 同論文では、イノベーションは、クリエイティブな人々がネットワークで強く結びついた地域コミュニティのソーシャル・キャピタルから生まれると言われるが、地域コミュニティのレベルと特許数などを指標としたイノベーションのレベルとの相関を分析すると、結論はまったく反対であることが示された。地域イノベーションは本来、参加した人々の創造性と結びついた、相互の利益への期待がダイナミックスとなって生まれるものであるが、コミュニティの強い結びつきはメンバー間にある種の安心感をもたらすため、イノベーションは生まれなくなる。そのため、緩やかに結びついた地域コミュニティこそ、イノベーションをもたらすのではないか、とフロリダは主張した。

新たな社会的階層としての
クリエイティブ・クラスの出現

 フロリダは2002年、The Rise of the Creative Class.(邦訳『クリエイティブ資本論』ダイヤモンド社、2008年)を上梓した。同書では、米国のグローバルな優位性が失われつつある中、その再生には、日本の自動車企業が工場従業員一人ひとりの知識を活かして品質と生産性を継続的に改善しているように、従来の研究開発者やクリエイターに留まらず、製造業やサービス業をクリエイティブ・クラスに変革するような、米国の人的資本の育成に努めるべきであると主張した。なお、クリエイティブ・クラスは、HBR誌に、“Breakthrough Ideas for 2004: No Monopoly on Creativity,” HBR, February  2004.(邦訳「2004年:パワー・コンセプト20選」DHBR2004年6月号)として取り上げられた。

 フロリダは2004年、ジョージ・メイソン大学公共政策大学院(George Mason University School of Public Policy)の教授となった。同年、全米各都市の経済的効果とクリエイティブ・クラスの地域分布との関係を研究した、Cities and the Creative Class, 2004.(邦訳『クリエイティブ都市経済論』日本評論社、2010年)を上梓した。

 フロリダは『クリエイティブ資本論』での主張をベースとして、HBR誌に、“America’s Looming Creativity Crisis,” HBR, October 2004.(邦訳「クリエイティブ人材が競争優位を左右する」DHBR2007 年5月号)、さらに、“Managing for Creativity,” HBR, July-August 2005.(邦訳「SAS クリエイティブ資本を生かす経営」DHBR2007年5月号)を寄稿した。どちらの論文もともに、創造性を引き出すマネジメントのあり方は、企業のみならず、国の経済発展にも必要であると主張した内容であった。

 後者の論文では、解析ソフトウエア企業として著名であり、「最も働きやすい企業」ランキングの常連企業であるSASのマネジメントを具体的に紹介し、企業がクリエイティブであるためのマネジメントの3原則を述べている。それは、第1に、社員にとって不要な面倒な業務を取り除き、知的好奇心を満たすように努めること、第2に、クリエイターと事務職の区別を排除して、管理職の責務として社員のクリエイティブな可能性を最大限に引き出すこと、第3に、クリエイティブ・パートナーとして顧客を巻き込むことである。

 フロリダは、都市間を比較するために、クリエイティブ・クラスの地域分布と、その経済的効果を理解するための指標として、3つのT、すなわち技術(Technology)、才能(Talent)、寛容性(Tolerance)の重要性を述べている(下図参照)。

図表:クリエイティブ・インデックス

 2005年には、米国の都市間比較に加えて、その視野をグローバルに拡張し、各国のクリエイティブ・クラスの分布と経済的効果を比較した、The Flight of the Creative Class, 2005.(邦訳『クリエイティブ・クラスの世紀』ダイヤモンド社、2007年)を上梓した。同書では、クリエイティブ・クラスのグローバルな獲得競争が行われ、クリエイティブ・クラスが国外に移動しつつある一方、今日の米国におけるイノベーションを支えてきた移民に対する鎖国政策が、今後の米国の経済発展を悪化させると指摘した。この著作が契機となり、日本でもフロリダの「クリエイティブ・クラス」の主張が広く知られるようになったといえる。

 フロリダは2007年に、トロント大学に異動し、マーティン・プロスペリティ・インスティテュートにおいて、21世紀の都市政策のあり方を研究することになった。カナダのトロントは開かれた理想的な都市とされており、ジェイコブスが晩年、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジから移り住んだ街である。そこは、クリエイティブ・クラスの指標である3つのTの1つ、寛容性の高い都市であった。

世界はフラット化しつつも、
同時に集中化してもいる

 フロリダは、メリーランド大学のティモシー・ギルデンのLRP(Light-Based Production:夜間光量に基づく地域生産高)に着目し、HBR誌に、“Mega-regions: The Importance of Place,” HBR, March 2008.(邦訳「メガ地域がグローバル経済を動かす」DHBR2009年11月号)を寄稿した。

 LRPとは、夜間時の地球を撮影した衛星写真のイルミネーションが途切れなく灯って光の帯となっている地域、たとえば日本であれば、東京から名古屋を経て大阪までの一帯におけるエネルギー消費のように、イルミネーションから推定される年間生産額である。ギルデンによれば、世界には40のメガ地域が存在し、そこには世界の地域の18%と12億の人々が集まっており、グローバル経済の66%、イノベーションの86%が、それらの地域から生み出されているという。

 フロリダは、これまでは国家が基本的な経済単位とされてきたが、今日のグローバル経済の原動力となっているのは、大都市とその周辺部で構成される「メガ地域(megaregion)」という基本単位であり、そこがイノベーションの大半を担っているとした。特に新興国の経済発展を見ると、メガ地域が果たす経済的な役割はますます増大している。たとえば、中国最大の上海、南京、杭州を結ぶ三角地帯のメガ地域は、人口6600万人で1300億ドルの生産額を誇ると推定した。新興国のメガ地域では、その周辺地域との著しい貧困などの経済的格差が生じているが、その格差を活用して発展してきたのが新興国のメガ地域なのである。

 トマス・フリードマンは、『フラット化する世界』において、グローバリゼーションによってグローバルな研究開発拠点や生産拠点が分散化の道を歩んでいると主張したが、フロリダは、それは経済の地域的な集中化の存在を見逃しており、グローバリゼーションは、分散すると同時に集中していると指摘した。なお、メガ地域に関する書籍として、Who’s Your City, 2009.(邦訳『クリエイティブ都市論』ダイヤモンド社、2009年)を上梓した。

 フロリダは2010年に、The Great Reset, 2010.(邦訳『グレート・リセット』早川書房、2011年)を、さらに2012年には、最初の著作である『クリエイティブ資本論』の改訂であり、過去の著作の集大成でもある、The Rise of the Creative Class--Revisited: 10th Anniversary Edition, 2012.(邦訳『新クリエイティブ資本論』ダイヤモンド社、2014年)を上梓した。また近年、The New Urban Crisis, 2017.(未訳)を上梓している。

 フロリダの主張は、2000年代を通して一貫している。それは、人は誰でもクリエイティブ・クラスであり、都市や地域の経済発展や企業の競争優位は、クリエイティブ・クラスの陣容が決定要因になるため、クリエイティブ・クラスの人材育成や寛容性をもって移民を受け入れて、彼らに教育の機会を与えれば、米国はさらに発展するという主張である。この主張は、移民に対して鎖国的になりつつある米国に対する危機感である。

 フロリダの著作には、父に関する言及が頻繁にされている。冒頭で述べた通り、父は中学校を2年で中退し、眼鏡の製造工場で働き、晩年は工場の生産管理者として人生を終えた。フロリダの父は、ノルマンディー上陸作戦に衛生兵として参加したことを誇りに思っていた。第二次世界大戦中、米国では従軍する医官の数が不足していたために、知能テストで優秀な成績を収めた兵隊を衛生兵とした。彼の父は、復員プログラムとして、上官である医官から大学の医学部に進学して医師になることを勧められるほど優秀であったが、高卒資格がなかったために断念せざるを得なかったという。

 フロリダはイタリア系移民の父について、「父は一生のうちに、MBA取得者がやるべき仕事を成し遂げた」と述べている。そこには、父の無念を代弁すると同時に、米国の近年の経済発展は、インテル、ヤフー、グーグルに代表されるように、クリエイティブ・クラスとなる多数の移民を受け入れて、教育の機会を与えてきた寛容性によるものではないか。そして、クリエイティブな移民の活用こそ、米国の原動力であったのではないかという、フロリダの主張につながる想いが込められているように思える。

[注1]ラトガース大学は、幕末から明治時代にかけて多くの日本人留学生を受け入れていた。1945年以来、州立大学となり、正式名称は、“Rutgers University, The State University of New Jersey”である。