執筆にあたり、筆者は500回ほど面談を行ったが、その内容には1つの傾向が見られた。専門職が感じている不安は、知的労働の無形性に根ざしているということだ。

 あなたは価値ある知識を持っているから、それに見合う高額な報酬を請求しているのだと、クライアントを納得させるにはどうすればいいのだろうか。こうした無形性に起因する不安感をさらに募らせるのが、一流の専門職企業で広く用いられている、「アップ・オア・アウト」と呼ばれる過酷な仕組みだ。一定期間内に実績を上げなければ辞めさせられるのである。そうなると、同僚が競合相手となる。親しい同僚よりも自分の価値が高いと、上司を説得するにはどうすればよいのだろうか。

 専門職には、成功の上にあぐらをかいている余裕などない。単に休むことさえ許されないのだ。

 この問題をさらに悪化させる状況もある。一流の専門職企業は、「不安にかられた頑張り屋」を意識的に探し出し、雇うことまで始めているのだ(非公式ではあるが、「不安にかられた頑張り屋」という言葉を実際に使うケースさえある)。

 こうした頑張り屋は、きわめて有能で野心的である。ただし、彼らを突き動かしているのは、自分は無能だという強い感覚なのだ。そうした感覚は幼児期に起因する場合が多い。貧しかった、虚弱だった、いい子にして優秀な成績を取らなければ両親に愛してもらえないという思い込みなど、さまざまな要因が絡んでいる可能性もある。

 筆者が面談した採用担当者らは、一流の専門職企業にとって、こうした人物は極めて魅力的だと言う。なぜなら、誰に言われなくても自分でモチベーションを高め、自分を律するからだ。

 企業側は「当社は業界トップである。その我々が、君に一緒に働いてほしいと言っているのだから、君もトップレベルだ」と実質的に告げることになる。そうやって入社した直後から、優秀な頑張り屋は事態がいっそう悪化していくことに気づく。過酷な「アップ・オア・アウト」システムによって、不安は解消されるどころかいっそう高まり、無能であることが「バレて」やめさせられるのではないかという恐怖が、さらに強まっていくのである。

 彼らのような人間は、短期的には極めて優れたパフォーマンスを示す。あるコンサルティング企業の会長は、次のように語る。「我が社でクライアントととてもよい関係を築いている担当者は、大きな不安を抱えています。クライアントを喜ばせたい一心で、長時間働く。その情熱をクライアントは受け止め、それに報いるのです」

 長時間労働の傾向をさらに強めているのが、一流の専門職企業が生み出してきた「社会統制」の強力な文化である。ただし一方で、これは安心感の素にもなる。

 筆者が研究の対象とした専門職の中には、自社を「家族」、あるいはより親密な何かになぞらえた人が何人かいた。あるコンサルタントは、次のように説明してくれた。「入社当時はまるでカルト集団のようだと思ったものですが、しばらく働くうちに、実にいい会社だと思うようになりました」。不安にかられた頑張り屋が懸命に頑張り続けると、企業文化にすっかり染まり、不健全な働き方が常態化してしまうのだ。

 逆説的だが、筆者が研究した専門職の人々は、自分が誰にも指図されずに、自主的に長時間労働を選び取っているのだと考えている。ワーク・ライフ・バランスや福利厚生に資金を投じてくれているため、会社を責めることはしない。その代わり、無能な自分を責めるのである。

 同僚たちはうまくやっているように見え、それゆえ、自分の無能さが立証されたように感じる。自分の問題を同僚に正直に話したりはしないため、「無敵の専門職」という神話が生き残り、それが逆に、同僚たちの無能感を強めることになる。燃え尽きてしまう自分が悪いのだと考えるのだ。そうして、会社とリーダーらは無罪放免となるため、抜本的な変化が何一つ起きない。

 その結果、不安にかられながら頑張って大きな成功を収めてきた人が会社のリーダーになると、無意識のうちに、みずからを生み出した社会統制と長時間労働のシステムを採用することになる。