透明性の高い資本市場の
形成につながるESG投資

 近現代世界システムの危機については、ご著書では、さまざまな先行研究や理論を整理する形で解説されています。それを踏まえて、今どのような国際的な変化があるのでしょうか。

 従来は、GDP(国内総生産)が全世界標準の豊かさの尺度でした。先進国の経済は右肩上がりで、GDPやその成長率だけが国力を図る目安だったのです。しかし、経済成長も地球環境も持続可能でないことが判明しました。世界が成長から成熟へと移行しなければならない時期にあって、幸せや豊かさについて多様なバロメータが生まれています。

 例えば、国連の『世界幸福度報告書: WORLD HAPPINESS REPORT」では、幸福を支える要因を、社会的支援、健康寿命、信頼性、人生選択の自由度、寛容さ、腐敗認知の6つの指標で調査しています。

 OECDの『よい生き方指標(BLI)』では、11の分野(住宅、収入格差、雇用、市民活動、教育、環境、ガバナンス、保健、生活の満足度、安全、 ワークライフバランス)をとり、加盟国の国民の幸福度を測っています。

 かつてGDPが豊かさの唯一の尺度だった時代には、先進国は途上国を「引き上げる」という観点で、開発支援を行ってきました。南北問題という言葉に象徴されるように、「遅れている南を北がどう援助するか」、すなわち南だけが問題で、北はそれを解決するという立場でした。

 しかし近年、途上国の問題は先進国の問題そのものであることに、世界が気づきました。例えば、一部の途上国では、アグリ関連の多国籍企業が先進国向け農畜産物の生産拡大のために、従来自国民向けであった食糧耕作地を輸出用商品作物の栽培に転用しています。整然とした油椰子農場は素晴らしい景観ですが、油椰子から作られる石けんや美容品を地元の人が使うわけではありません。その結果、飢餓者・貧困者が増え、彼らが少年兵など内戦の軍事集団に動員されたり、また「テロリスト」と呼ばれる反抗集団にリクルートされたりする構図があります。

 数年前の米国映画『キャプテン・フィリップス』で、トム・ハンクス演じるフィリップス船長の貨物船を乗っ取るソマリア「海賊」は、先進国・新興国漁船の乱獲で食べていけなくなった沿岸漁師であることが描かれていました。そうした輸出用商品生産のために野放図に水産資源が破壊され、また熱帯林が伐採され、地球破壊が進んでいる悲しい現実があります。今日の世界的な社会や環境の危機に私たちは皆、責任があるのです。

 世界の人々の認識の推移は、国連の開発目標の変化に見て取ることができます。1990年代において国連システムは、社会開発や人間開発を主な開発目標としてきましたが、2000年代にはそれらに地球環境の保全や、環境と経済成長の調和を加えました。

 世界的に社会問題と環境問題が相関関係にある、すなわち一方の問題への取り組みが他方の問題の解決に必然であるという見方が、世界で認知され、共有されるようになりました。そして、その目標は先進国と途上国が一丸となって達成すべきものと考えるようになったのです。

 国連のSDGsの設定は、深刻な飢餓が発生した時に一時的に食糧物資を支援するといった従来アプローチでは問題が根本的に解決できないことを国連が認識した証左、と言えるでしょう。こうした協力体制から、個人主義的な西欧近代に代わる制度が発達していくものと見ています。

 SDGsを受けて、世界の企業はESG投資を拡充していますね。

 ESG投資は、環境問題や社会問題の解決につながると同時に、透明性の高い資本市場の形成にもつながります。それはまた、社会的な需要を掘り起こす手段でもあります。

 今日、世界全体では、一部の企業や富裕層が、利益を溜め込むだけ溜め込み、資金がだぶつく一方で、需要が不足し、有効な投資先が見当たらないという矛盾した状態になっています。一部の先見の明を持った企業経営者は、従来の利潤と蓄積優先の資本主義システムを根本的に見直さなければならないときが来ていると考え始めています。

 そして、世界の多くの企業において、環境と経済の両立、すなわち国連の目指す持続可能な開発の姿勢に歩調を合わせ、多様性、ジェンダー、環境、再分配などに配慮し、社会に貢献していく中で、自企業の発展をはかる動きが見られます。その流れとしてのESG投資の広がりです。

 しかし、日本ではSDGsの取り組みやESG投資がさほど盛り上がっていません。

 日本の大企業の経営者は、系列会社や出資法人だけに目を向けて、一般市民や地域住民、従業員を真剣に見ようとしていません。有名企業でさまざまな不祥事や不正が明らかになっていますが、その要因は直近の業績や法人株主の声だけにとらわれて、システム全体の変化を見ることが出来ないことにあります。

 環境(E)が新たなフロンティア分野であることについては心ある企業が次第に認識を深めていると思いますが、社会(S)、従業員のそれをも含めた人権に対する関心はまだまだ低い。それが長時間労働や過労死として現れ、勤労者のモラルに影響します。根本原因は、企業のガバナンスが仲間内の「持ち合い」統治のままで、社会や世間に開かれていないことにあります。

 自動車のエアバッグ市場で独占的地位を占めていたタカタが情報公開を拒否して、莫大な制裁金と欠陥商品のリコールを課せられ、破たんしたのはその例です。SDGsの大きなスローガンは「誰一人取り残さない」社会の実現にありますが、日本の大企業社会では、「正規社員」は会社に忠誠を尽くす限り中年時まではどうにか取り残されない。しかし、そのガバナンスは、出世コースから外れた高齢者や、ジェンダー配慮、非正規就労者、地域社会には、目をくれようとしない。これでは世の中の変化を読み取れないと思います。

 企業は本来、社会のあちこちにセンサーを張り巡らせていなければなりません。社会の変化を読み取ることから、イノベーションが始まるのですが、SDGsの取り組みやESG投資が今日、世界の主潮になりつつある事実を見逃しているとしたら、グローバル化の進んでいる世の中で、変化に対する感度はきわめて低いといえるでしょう。