●効率性を超越する「永続的な価値」

 話はスティーブ・ジョブズに戻る。彼は企業の不動産を、効率性や償却や物理的な適応性の観点のみで考えはしなかった。彼の最後のインタビューからは、このプロジェクトが偉大な象徴的価値をもたらすよう意図されていたことがはっきりとわかる。

「従業員に素晴らしい製品をつくろうという気を起こさせる、永続的な会社を築くことに僕は情熱を傾けてきた。他のことはすべて二の次だよ」

「会社の価値観を何世代にもわたって表現するような、特徴的なキャンパスを残したい」

 おそらく彼は、「人が建物をつくり、その後に建物が人をつくる」というチャーチルの言葉を知っていたのだろう。実際、人の行動に影響を及ぼす空間操作に関する彼の直感は、1998年にピクサーのキャンパスを設計した当時からよく知られていた。

 10年後、アップルパークの設計コンセプトにおいて、彼のアプローチ、そして機能的ディテールへの伝説的なまでの関心(「執着」と表現する人もいる)が、洗練度を増して展開された。今日ほぼ完成したこのプロジェクトは、現代の建造物にブレークスルーをもたらす以下のような成果を通じて、ジョブズの野心を伝えている。

1.建物の外面におけるイノベーション
 リングの外面には曲面ガラスが張られ、平板のガラスは1枚も使われていない。また、ガラスの色味が緑にならないように、製造時に調整が施されている。メインカフェの前面には、世界最大の曲面1枚ガラスが張られている。この設計は、働き手と、窓のすぐ外の自然とのつながりを最大化するものだ。

写真:アップル提供

2.建築方法におけるイノベーション
 本プロジェクトでは、完璧な円形をつくるため、かつ埋め立て地への廃棄物を最小限に抑えるために、独自のコンクリート工場が設けられた。かつてのヒューレット・パッカードの敷地(建物、駐車場、歩道)から出た全コンクリートの95%が、敷地内で粉砕・リサイクルされて、この場に新社屋のコンクリート枠がつくられた。

3.機械・電気系におけるイノベーション
 リングは、世界最大規模の太陽光パネル群を有し、全キャンパスを自家発電でまかなうことを目指している。空調機械システムは、リングを世界最大の自然換気ビルとするように設計されている。プロジェクトの環境面を率いるのは、米環境保護庁の元長官だ。

4.仕事空間におけるイノベーション
 内部は大広間ではない。仕事空間に関する全体的な戦略は、モジュール型の「ポッド」に基づいており、チームでの仕事、集中仕事、社交のいずれかに対応している。ポッドはリングの円周に沿って配置され、「偶然・流動的な出会いがある空間」を提供。生産性を高めるための内部のハイテク環境と、外の景観、果樹園、陽光が一望できるパノラマビューを融合させている。

 リングの野心的側面を示すのは、こうした大きな部分の設計方法だけではない。ドアノブ、ガラス戸、机のほか、蛇口までもが、空間の全体的な体験にフィットし貢献するよう形づくられている。やっつけ仕事の細部は見当たらず、既存のありふれた手法は用いられていない。接する部分のすべてが、時を超越する設計になると感じさせる。まるでiPhone、あるいは建物ならば大聖堂のようだと言ってよいだろう。

 アップルパークは、企業の職場に関する活動よりも、むしろ大聖堂などの建築という分野との共通点が多いかもしれない。大聖堂は象徴的価値を持ち、その機能をはるかに超える野心的な構想を伝えている。

 実際に欧州のひときわ偉大な大聖堂は、その構想を実現するために、当時の建築技術における飛躍的なイノベーションを必要とした。フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂、フランスのシャルトル大聖堂の飛梁、ミラノ大聖堂の円屋根を考えてみるとよい。この種の建築物と同様に、アップルパークの構想を存在させるためには技術の飛躍的進歩が必要であった。そのビジョンで人々を魅了するためには、卓越したディテールと職人技が必要なのだ。

 もっと身近なこの国で、より現実的な例えがある。テクノロジーに溢れた現在の仕事空間にいる我々は、半世紀以上もの間、上記のような永続性への志には馴染みがなく、はるか未来を見据えて建築しようという意図も目にしていない。

 かつて長期的視野の精神によって生み出されたのが、サンディア国立研究所、NASAジョンソン宇宙センター、フェルミ国立加速器研究所、あるいはマンハッタン計画だ。これら20世紀のプロジェクトは象徴的存在であり、数世代にわたって労働者を鼓舞した。それによって、彼らは自分の仕事が何か大きなものの一部であると見なし、万人のために科学の新領域や技術的イノベーションを前進させるべく才能を発揮した。

 アップルパークは、仕事空間としての機能を超えて、究極的には、上述のような精神の21世紀版を目指しているのかもしれない。本プロジェクトは遺産であり、時代を超越する設計の追求だ。そして、本社の設計によって企業の方向性を示し、今後長年にわたり何世代もの働き手とリーダーたちにインスピレーションを与える、という信念に関わるものなのだ。