組織の動かし方と時間感覚

 こうした時間感覚は、この組織のフラットさ、特に規則の少なさとも関係している。そもそも規則が組織内で機能するというのは、過去のある時点に決定したことが、同様に現在や未来にも維持される事態である(あるいは時間の経過だけでなく、一部の人が決定したことが組織の成員全員に適用されるという、適用範囲の一般化もあるが、この点についてここでは脇に置いておこう)。

 言い換えると、規則を使って組織を運営するとは、規則をつくったり参照したりすることで、意思決定の一部を過去や未来に譲ることだ。それは毎週・毎月といった定期的な時間を参照するのとは別の観点から、過去と現在、現在と未来の分節を意識することになる。

 そのため規則は現在決定すべき事項を削減できるという意味で効率的だが、時間軸という観点から考えれば、同時に、そのたびごとの判断をおざなりにする可能性も生む。前例を確認したり、無批判に規則を遵守することが日常的になれば、その組織は現在ではなく過去を参照することで組織を運営していると言うこともできる。前例主義や、規則への無批判の追従が官僚制組織への批判としてしばしば登場するのはそのためだ。

 もちろん、一度定めた規則を、のちに変更する権限も組織には組み込まれているから、規則の効果は持続的であると同時に時限的でもある。それゆえ、必ずしも現在の判断を軽視する傾向を生むわけではない。

 けれども、そもそも規則が少なければ、その分、個別に決定せざるをえず、その場その場での判断が必要になる。逆に言えば、そのたびごとに個別に決定することで、個々の最適解を出すことができる。前例を参照する慣習がなく、毎回を個別対応だと考えれば未来を顧慮する必要もない。いわば、その瞬間に注力できる力を持つ。

 これは同時に、現在の意思決定に負荷をかけることでもある。しかしそれでも、「ほぼ日」のように、一人ひとりに日常的に「個性を磨かせ」ながら、個別事例に関して常に最適な判断を下すことを優先する組織ならば、こうしたあり方は、理にかなったものだろう。あえて経営学的な言い方をすれば、そこに組織の利益の源泉がある、あるいはコア・コンピタンスを置く組織であるならば、なおさらである。

「あることを、『やろう!』となってから実行するまでの早さや、まるで文化祭前のような集中力は、たぶんウチの強さなんだと思う。ほかの会社の人から、『このスピード感では、なかなかできません』って言われたんですよね」と、糸井氏が全社員の出席する全体会で共有した評価は、そうした現在性の強い「ほぼ日」の時間感覚が、外部者からも判別されるほどに特徴的だという事例かもしれない。

 客観的な時間と、主観的な時間感覚は多かれ少なかれ、どんな組織にも共存する。それについては「ほぼ日」も例外ではない。当然ながらイベントや商品発売の日程が決まってしまえば、その確定された日に向けて業務は進められる。

 ただ、「ほぼ日」では後者の程度が、時間の流れ方として膚で感じられるほど、わかりやすく甚だしいのだ。それも精神論やスローガンではなく、それができるように、日常的な組織のあり方、たとえば命令系統やコミュニケーションの形態、そして個人の日々の働き方が相互に連関している。

 その点で、もしみずからの組織が、時間に振り回されすぎている、あるいは過去や未来のことばかりに意識が向いていて現在に集中できていない、と感じることがあるならば、「ほぼ日」のあり方はなんらかのヒントになるのではないか。

 次回更新は、7月13日(木)を予定。