雑談で個性を磨く

 たとえば「ほぼ日」では何人か大の野球好きの社員がいて、そうした人々が集まると会議前でも(あるいは、会議の時間が始まっても!)直近の試合や戦績、「初心者でも面白い野球観戦の仕方」などについて熱く語られる。

 近年転職してきたEさんは、前々からスポーツ観戦は好きだったそうだが、この会社に来てからというもの、そうした力の入った解説を聞いているうちに見方が鍛えられたという。当初は社内のそうした習慣にとまどっていたEさんも「それがコンテンツに活かされるから、えいって飛び込んで、自分も楽しめばいいんだって、わかりました」と語った。

 野球の雑談は、「ほぼ日」内で、すでにいくつかの定期的なイベントやインタビュー記事など仕事として定着した領域だからありえるのだ、という見方もあるだろうが、他にも社員の対象への愛と周りのサポートによって生まれた企画は数多くある。

 食べ物好きが高じて、食い倒れの旅をレポートする3人組「カロリーメイツ」が生まれたり、編み物好きの社員の試みが、現在、定期的に発売される編み物商品「Miknits」の開発につながった例もある。特に後者は編み物の中継や、フェイスブックグループの運営など小さな試みを続けることで現在の潜在的顧客層にアプローチし、開拓したうえに成り立ったものだ。

 こうして将来的に社員個々人の対象に対する理解の深化や、キャラクターを自社の企画に転換していくことも雑談の役割に組み込まれている。これらはよく言えば「個性を磨く」ことだが、組織の側面から見れば、個人の持つあらゆる側面を事業に活かそうとする貪欲さの現われでもある。

 あえて意地悪く言えば、組織のなかで半ば強制的に各人の個性を磨いてつくり上げ、個々人の特性を使い倒そうとする姿勢と習慣だと言い換えることもできる。なればこそ、会議の中に雑談が入り込む。

 私自身、60分の打ち合わせのうち、冒頭25分が雑談だった場に居合わせたこともある。「今朝、早朝にあった会議が面白かったから、その話をいま、してもいい?」と参加者が席に座って開口一番、話の口火が切られる。進行中の別のプロジェクトについて、取材先の先進的な試みや、それが日本にどのように応用可能性を持っているかという内容に加えて、企画の担当者もずいぶんやる気で米国まで取材に行くつもりになっていることなど、興奮気味に次々と共有されていく。話に聞き入っていると、気がつけば打ち合わせの残り時間が半分近くになっていた。

 その内容は「ほぼ日」の業務に関わる話だが、聞き手もその企画のチームにはアサインされていないという意味では雑談だ。聞き手が管理部門の人と私だったので、何事も社内のことは知っておくことが意味を持つ、という立場による若干のバイアスはあっただろう。だが、他の社員からも「60分のうち、55分雑談だったこともあります」という声もあり、他の会議でも同じような状況に遭遇したため、比較的よく見られる光景と考えて差し支えないと思われる。そもそも、会議冒頭で会議の目的とはまったく別の話がなされることに周囲からなんの躊躇もなく受け入れられており、それ自体目的と異なる雑談が会議中にも日常的になされている証であろう。

 これらもただの情報共有ではない。どういう視点で企画を立てるのか、物事をどのように捉えるか、その考察の深さや展開の鮮やかさを共有することで、それ自体を気づきとして、伝え手も聞き手も自らの糧としているようだ。

 一番驚くのは、会議の目的である企画の打ち合わせもまた、あたかもこうした日常のやり取りの延長線上で行われていることだ。組織の運営そのものにまで雑談が融けこんでいる。

 日常の雑談で仕事の話と仕事以外の話が分かち難く結びつけられることは、実は「ほぼ日」のコンテンツ制作に大きく関わる。その端的な事例が、商品開発会議としての「物欲ミーティング」である。

 次回はそうしたミーティングや打ち合わせなどの様子から、雑談がどのように企画となっていくのか、企画を深める会議の様子をいくつか紹介したい。

 次回更新は、7月6日(木)を予定。