情報経路の不確定性と
組織全体の見通しの悪さ

 2点目は、情報経路の不確定性である。

 これは上下の階層的権限関係が強くなく、命令―統制関係にはないために生じやすくなっていると考えられる。もし階層的権限が強く、手続きが定型化されていれば、日常的な各種連絡もまた、階層制度の中に組み込まれることで情報の伝達経路が決められ、そこでは情報は定期的にやり取りされる。部門長に情報を集約することで、その部門の状況や意見の代表とみなすこともできる。

 反対に「ほぼ日」では、それらを取り払うために伝達経路があらかじめ規定されず、特定の役職に情報集約することが難しい。前述のBさんがみずから情報収集に向かわざるをえないのも、そのためである。このほかにも、新人研修で新人に与えられる最も重要な情報は、「誰が、何を知っているか」だと言われており、このこともまた「担当者に聞くのが一番確実で、はやい」という組織の状況を物語っている。こうした特徴は現場や個人の業務の自由度を高めている一方、組織内の情報のありかをわかりにくくもしているのだ。

 これは、3点目の組織全体の見通しの悪さにそのままつながっている。

 いわばBさんのように、企画制作に直接かかわらない場合、普段の報告連絡経路の不確定性が、そのまま全コンテンツの内容把握のしにくさにつながってしまっている。言い換えると、企画に直接接触する人への情報伝達は迅速だが、それ以外の人間が何気なく情報を得たり、組織全体を把握することは必然的に難しくなる。前回記事で触れた、組織図に書かれていないプロジェクト、非公式なアサインや、普段の職種とは異なる役回りも頻発すること……などを思い出してもらえば、そうした状況は想像に難くないのではないだろうか。

 そうした見通しにくさへの解決方法の一つでもあるのだろう。「ほぼ日」では、業務関連のメールは基本的にすべて全社員に一斉送信することで共有されている。これは組織内情報のオープン化という積極的な面を持ちつつも、同時に、そうでなければ組織内の状況を疑似的にでも一望できないという理由もおそらく存在する。社員が50人を超えた現在では、送信されているメールのすべてを読むのはほぼ不可能になったそうだが、それでも続けられているのには、どこかで日々流れている情報が可視化される契機が必要だからだろう。

 すでにお気づきの方もいるかと思うが、これはそのまま組織を管理する際の難しさや手間を意味し、「管理」のイメージの転換をある程度必要とする。たとえばBさんの例と同様に、毎年の予算案の作成については、担当者が各企画者に「今年どのような企画をどれくらい実行しようと考えているか」を聞いて回ったうえで、各人の傾向を読んで実現可能性を予測し、その数字を積み上げて作成しているという。「それ以外、方法がないので」というのが担当者の言葉だ。

 いくつかのインタビューを終えた後で管理部門の部長に「この組織は雑談も多いですし、部門を超えた情報の流通は活発だと思いますが、経営層や管理部門が全体を把握しようとすると、とても難しいのではないですか」と伺ったとき、まさに、とうなずいた表情はとても印象的だった。