仕事は「おもしろくて、つらい」もの

「仕事は『おもつらい』ものだって、糸井は言うんです。おもしろくて、つらい」

 ある社員が教えてくれたこの言葉を、プロジェクトの途中で何度思い出しただろう。自分が「おもしろい」と思うことをやる自由は、そういう「つらさ」を連れてくる。私自身もまた、そうして成立したプロジェクトに従事したために、疑似的に、社員が必然的に抱える「つらさ」もまた追体験することになった。

 社員は、裁量や企画の自由を手にする代わりに、社内で一緒に働く同僚に対して説明し、巻き込んでいかなくてはならない。そこでは「上司が言っていたから」は当然ありえず、「流行りだから」も、あるいは「以前、取り上げたことがあるから」といったことも、場当たり的な考えのままでは他の社員に認めてもらえない。あるいは、究極的な説得要因になりうる、「糸井さんが言っていたから」という理由も、そう簡単には通用しない。

 たとえば、この会社ではじめて組織図つくることになったとき、発案は糸井氏だったものの、プロジェクトを進める担当者は、社員から「なぜ」と問われ続けたという。カリスマ性のある人物が経営者として存在している場合、非常に強い権限の集中が起こる場合がある。しかし、この組織では少なくとも、経営者の意向だけでは納得されない。担当者自身が、他者が納得できるような洞察や信念を持ち、言葉にすることを求められるのだ。

 また、そうしたプロジェクトの始まり方ゆえに、常に自分がまるごと試されるという厳しさも併せ持つと、その担当者は言う。ウェブサイト上にある制作日誌「ただいま製作中!」や、コラム群から伺い知れる、楽しげで、のびのびとした雰囲気とは異なった厳しさがそこにはある。

 糸井氏が2007年以降、意識的に行ってきたのは、こう言ってよければ、個々人がそれぞれに抱えている動機をもとに起こした企画を、協働することで実現していく仕組みづくりである。それは同時に、いかに経営者みずからの権限と権威を意図的に弱めることで、「ほぼ日」を「糸井氏と仲間たち」から、組織としての「ほぼ日」へと転換していくかという試行錯誤の過程でもあった。その積み重ねの上に、現在の姿はある。

 組織としての「ほぼ日」を明らかにすることとは、そうした試みと蓄積の跡を追うことでもある。

 次回更新は、6月22日(木)を予定。