――変化がもたらすプラス面とマイナス面の割合については、どう思われますか。より多くのメリットを享受できてデメリットはない、という世界に私たちは近づけるのでしょうか。

 私が強調したいのは、変化は社会にきっとプラスとなるはずだということです。無人運転車もその数ある例の1つです。ただし、個人へのメリットについては、ほとんどの人が短期的にはマイナスに感じるでしょう。職が消えるのを目の当たりするし、新しい技術の習得を迫られる。

 変更と移行のコストは膨大になります。無人運転車を本当の意味で有効にするために、しかるべきインフラをこれから整えるのは大変な労力が必要です。いま現在のインフラ整備、たとえば道路の補修や新しい橋の建設のような単純なものでも、どれほど大変かを考えてみてください。

 変化のプロセスは加速させるほうが、むしろ得策であると私は考えています。20世紀がそうであったように。ところが、人々は変化をより難しくさせています。それも、自分の個人的なポジションを守るためにです。

――無関心階級論は、今後の米国の政治については何を意味するのでしょうか。

 連邦予算に自動的に割り当てられる、福祉受給権制度(法的な適格者が受給できる、社会保障や医療扶助など)の枠を見てみましょう。かつて、たとえば1960年代初期には2割程度でしたが、いまでは実質的に約8割です。このすべてが、あるいはどれかが悪いと言いたいのではありません。それはまた別の論点です。

 けれども、新しいプロジェクトやアイデア、次なるムーンショット(壮大な挑戦)に対して連邦政府がどれだけ自由に予算を費やせるかという点では、もう昔とは違います。そして政府は基本的に守りに入り、(社会保障費を)抑制すべきだと感じているにもかかわらず、その支出を賄おうとしています。未来に向けた創造のためではなく。

 予算の大部分は、人々がすでに持っている何かを守ることのサポートに注がれています。なぜなら、人は損失を憎み、リスクを嫌うからです。この傾向が弱まってほしいとは思いますが、現実的に、そうなる可能性は私にはまったく見えません。


HBR.ORG原文:How America Gave Up on Change  March 03, 2017

■こちらの記事もおすすめします
連載:プロフェッショナルの鍛え方―課題設定から社会システム・デザインへ

 

ウォルター・フリック(Walter Frick)
『ハーバード・ビジネス・レビュー』のシニア・ アソシエート・エディター。