――最後に一つ伺います。消費財メーカーなどの企業は、消費者との直接の接点がなく、デジタル変革の機会を得ることは難しいと思います。そのような会社がとるべき戦略について、ご意見をお聞かせください。

安藤 元博
博報堂 執行役員
エグゼクティブマーケティングディレクター
1988年博報堂入社。以来、50を超える企業の事業・商品開発、キャンペーン開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著)。

 消費財メーカーがこの間接的な問題に対処するために、2つの考えがあります。1つ目は、消費財メーカーだとしても、顧客との直接商取引を行うことができる、という点です。しかしその対象製品は、会社の主要製品であってはなりません。

 たとえばビール会社なら、主力の大衆ブランドとともに、クラフトビールも扱っています。クラフトビールの方が、直接顧客とインタラクションをしやすいです。なぜなら、顧客はクラフトビールについては思い入れがありますし、どのように作られるのか、知りたがっていますし、物語も語れるものがたくさんあるからです。このように、会社のチャネルで網羅されていない分野の製品にフォーカスすることです。

 またナイキが20年ほど前に電子取引を検討しており、消費者と直接つながるウェブサイトを立ち上げて靴を売り始めました。当然、小売りのパートナーは「我々抜きに商売をするのは許されない」とこれを歓迎しませんでした。そこでナイキは、小売店で売られている靴は電子取引では売らないと、力づくで合意させられました。ここから、ナイキ工房へと移行してゆくことになりました。これは、オーダーメイドの靴を作る事業で、今や非常に成功しています。ここでは自分だけのオリジナル靴をデザインできて、確かに小売店では手に入らない靴です。こうして、成長や機会のある新しい分野を開拓してゆくこともできるのです。

 もう一つの例を挙げましょう。ジェネラルミル社のシリアルです。私だったら、電子取引でシリアルは売りませんが、次のようなビジネスをします。糖尿病を持病とする人がいたとしましょう。あるいは、グルテンアレルギーのある人がいたとしましょう。そこで、こうした健康上の懸念のある人用にシリアルを調合するウェブサイトを作成するのです。そして、糖尿病用のシリアルやグルテンフリーのシリアルを売ります。それを、一箱4ドルではなく、8ドルで売るのです。お店ではこうした品は買えないからでしょう。これが、消費財メーカーが考えるべき戦略です。オーダーメイドの商品や、ニッチブランドなど、ビジネスチャンスのあるところを狙うべきです。これが商取引についてです。

 2つ目に、顧客と直接インタラクションにあたっては、何かを売らなければならないということはありません。ブランドについてのインタラクションということもあり得るのです。

 ここで一つ、素晴らしい例を紹介させてください。P&Gがオールウェイズ(Always)というブランド商品で行ったことです。オールウェイズは、女性の生理用ナプキンのブランドですが、彼らがしたのは、うちのナプキンの吸収力が優れているという宣伝ではありません。P&Gは、心理学の研究に目を通して、思春期を迎えて生理が始まると、女の子は自己イメージにとらわれるようになる、ということを見出しました。14歳、15歳くらいの年齢の女の子は、感情的に困難な時期を迎えているというわけです。ちょうどそのころ、社会も彼女らに「あなたは女性よ。数学なんかやめなさい。スポーツなんかやるもんじゃない」と教え始めるのです。

 こうした背景の中、P&Gは、「少女のように」(Like a Girl)というキャンペーンを始めました。そして、固定概念に挑戦したわけです。「あなたは自分に自信を持っていいのだ。自分のしたいことをしていいのだ。走っていいのだ」と。こうして、大きな社会運動を形成していきました。これを、ソーシャルメディアを使って展開しました。有名人や影響力の強い人も動員しました。「少女のように」というハッシュタグもあり、大きな成功を収めたキャンペーンでした。しかし、P&Gは、生理用ナプキンをネットでは売っていません。今もウォルマートなどの小売店で売っています。それでも、ブランドの浸透を助けました。「少女のように」のキャンペーンとそのメッセージを連想させるからです。

 もう一つはインドの例です。インドの働く女性は、仕事と家庭の両立という大きな問題に悩んでいます。仕事に出て稼ぐ一方、家に帰れば料理をし洗濯をし家の中をかたづけ、子供の世話もしなくてはなりません。一方夫は、家事はほとんどしません。これはインドの問題ですけれども、日本にも当てはまるかもしれません。そこで、エラ(ERA)というP&Gの洗濯用洗剤ブランドがあるのですが、このブランドで “Share the Load” (洗濯を分かち合おう)というキャンペーンが繰り広げられました。洗濯は女性だけの仕事ではない、負担を分かち合おう、男性も貢献しなさい、慣行を変えようというキャンペーンでした。女性の仕事、男性の仕事といった固定概念を打破しようという趣旨のものでした。

 こうしたものが、消費財メーカーが顧客とエンゲージするために使えるアイデアです。オンライン販売だけが有効なのではありません。物語を語る、ということが重要なのです。ブランドを語るということです。電子商取引について言うならば、小売店で十分に扱っていないものを扱いなさい、と言いたいです。

――新しいチャレンジをしようとしている日本の企業に向けてひと言メッセージをいただけますか。

 チャールズ・ディケンズの書いた『大いなる遺産』(Great Expectations)という本の中に、有名な一文があります。「それは、最高の時代でもあったし、最悪の時代でもあった」(It was the best of times, and it was the worst of times. )。今日、まさにこのことがCMOについて言えるのではないかと思います。CMOにとって、今は最高の時代でもあるし、最悪の時代でもあるでしょう。データ、顧客とのエンゲージメント、新しいチャネル、こうした展開を新たな可能性だと見出したならば、CMOにとって最高の時代だと言えるのです。それによって、CMOの役割を根本から変え、成長の原動力となり、ブランドマネージャーとなり、コンテンツ解析の専門家となれるチャンスです。

 ところが、CMOが変われなかったら、最悪の時代になります。なぜなら、CMOの役割は縮小され、ますます、あってもなくてもよい職務になってしまうからです。ですから、締めくくるにあたり、次のようなメッセージをお送りしたいと思います。

 日本のCMOの皆さんは、こうした可能性に発奮すべきです。仕事を次のレベルに持っていけるという能力を発揮すべきです。そして、この新しい役割をこなせるという自信を持つべきです。一方で、知らないことを認める謙虚さも必要です。25歳の部下のところへ行って、ソーシャルメディアについて教えてほしい、手伝ってほしい、と働きかけることに、まったく問題はありません。若い人を巻き込みましょう。ですから、可能性に対して発奮し、自分の能力に自信を持ち、学ぼうとする姿勢を持ち謙虚であること、この3つの要素が、CMOを成功へと導くでしょう。