唯一の初参加、パラリンピアンの「背水の陣」

 しんがりは「JAPAN」のロゴが背中に入ったジャージ姿で現れた齋田悟司さんです。

齋田悟司さん

 ご存知の方も多いと思いますが、齋田さんは1996年のアトランタから2016年のリオまで、6大会連続でパラリンピックに出場されている車椅子テニスの日本代表です。2004年のアテネパラリンピックでは、国枝慎吾さんと組んだダブルスで金メダルを獲得。2008年の北京パラリンピック、2016年のリオパラリンピックでも銅メダルを獲得しています。

 さらに、全豪、全仏、全英、全米のグランドスラム大会でも、全仏を除いた大会で優勝経験があります。広く大きな背中、盛り上がった背筋、太く浅黒い腕と指。実績面でも身体面でも、世界で活躍される筋金入りのアスリートです。

「すでに3年半後の東京パラリンピックに向けて始動しています。そんなわけで、普段は練習が中心の生活を送っているため、たまにこのオフィスに来ることはあっても、みなさんと一緒に何かをやるという機会はありませんでした。なので、今日はピンチです」

 周囲の爆笑を誘ったあと、齋田さんは続けます。

「とても緊張しています。ドキドキです。背水の陣です。テニスで言うと、相手にマッチポイントを取られてしまった状態でしょうか。でも、まだ1ポイント残っているので、それを取られないようにする強い気持ちで、今日はがんばります!」

谷澤邦彦(kuni)さん

 ワークショップはオープニングトークから谷澤邦彦さん(kuniさん)の絵を鑑賞するワークへと進み、その後描き方の説明に移ります。パステルの使い方、描き方のルール、画用紙の説明などをするのですが、齋田さん以外の3人はよくご存知のことです。

「齋田さんを除いた人たちはみなさんやったことがあるから、とっとと始めてもらってもいいんですけどね」

 kuniさんの軽いジョークに、溝畑さんが反応します。

「あれ? 雑な扱いですねえ(笑)」

 その後もkuniさんは齋田さんに向かって丁寧に説明していきます。さながら「個人授業」のようです。

「パステルを画用紙に描いたら、それを指ですり込みます。これを『こすりんぐ』といいます」

 kuniさんのいつものジョークに、齋田さんはキョトンとした表情。

「ああ、そうなんですね」

 淡々と答える齋田さんに、kuniさんが言い訳のように言葉をかけます。

「これ、気分をほぐすための言葉なんですけどね……。もうひとつ。絵を描き終わったあとは天地左右を動かして、いちばんしっくりとする構図を選んでください。思いは重力からも自由になるはずですから。正方形の画用紙を使っているのは、そのためです。これを『まわしんぐ』といいます」

 齋田さんの表情は崩れません。

「はい。わかりました」

 相変わらず真顔です。kuniさん、たまりかねてひと言。

「齋田さん、まだ緊張されていますね?」

 はたして、緊張のせいだったのかは、齋田さんのみぞ知るところです。

 齋田さんが描き方を理解されたところで、いよいよスタートです。描くテーマは「働くうえで大切にしていること」。自分の思いを絵にしていきます。

 倉重さんと溝畑さんはスーツのジャケットを脱ぎ、齋田さんはジャパンのジャージを腕まくり、福田さんもセーターが汚れないように腕まくりしています。

 すぐに描き始めたのは、最も経験回数が多い福田さんです。初参加の齋田さんも、それに続いてパステルを画用紙に塗り込んでいきます。しかし、倉重さんと溝畑さんは画用紙を前に腕組みをしています。なかなか手が動きません。じっと1点を見つめたり、宙を見上げたりしながら、考え込んでいる様子です。

 溝畑さんが動いたのは、福田さんが描き始めてから5分後のこと。倉重さんに至っては実に8分が経過したあとのことでした。

 そこから40分から50分、4人とも鬼気迫る集中力が続きました。慣れている3人も初めての齋田さんも、まったく言葉を発することなく、ただパステルを画用紙に乗せる音とそれを指でこする音だけが会場に響き渡っていました。

 いよいよ完成。それぞれが絵に対する思いを語っていく鑑賞タイムに移ります。何度も描いているからなのか、熱いコメントが続出しました。みなさんはいったい、ご自分の描いた絵にどのような思いを込めたのでしょうか。