御手洗氏が、気仙沼で編み物の会社を始めたのは「ビジネスチャンスがあるから」ではありません。この地で中長期的に何が必要かを考えた結論として、生まれた事業です。同社の看板商品であるオーダーメイドのカーディガンは15万円ですが、これは、最初に価格を決めたそうです。働く人が正当な対価を得られる事業でないと意味がない。手編みのカーディガンは編み上げるのに数十時間かかると言います。人が心を込めて編んだ、世界で唯一のカーディガンを買ってもらうために、質感や色などにこだわり同社専用の毛糸を開発。編んだ柄が浮き上がるような毛糸となり、手編みの効果を最大限に引き出しています。

 ここには、価格を抑えるために労働コストを抑えるという発想が微塵もありません。同書で御手洗氏は「気仙沼で働く人が誇りを持てる仕事をつくりたかった」と書かれています。

 高価格を選択したのも「つくりやすそうなものをつくる」という発想ではなく、「一番いいと信じられるものをつくる」という思いからです。そのため、徹底的に着る人が喜んでもらえる仕組みを考えます。毛糸からわざわざ開発したのもそのためであり、厳格な品質管理を徹底し、また長く着てもらうために、同社では販売後もほつれなどに対応できるように、完成したカーディガンで使った毛糸を保管しているそうです。

 気仙沼ニッティングが、震災後の地で産業を作り出したことの価値は測りしれませんが、新しい働き方のモデルを生み出した価値も見逃すことはできません。介護や子育てをする必要のある人も、好きな時間に好きなだけ働く仕組みをつくりました。仕事をする場所も、そのほとんどが自宅で可能なのです。時間や場所の制約を取り除いた新たな働き方の仕組みは、他の産業や地方でも参考にできる点が多いのではないでしょうか。しかも、働く人一人ひとりが「誇り」を持てる仕組みまで整っているのです。

 気仙沼ニッティングの製品はいまや人気で、カーディガンは200人待ちと言います。先日テレビ番組『カンブリア宮殿』で2年待ってこのカーディガンを手にした方が紹介されていましたが、その間、編み手さんとのやり取りがあり、「待つ楽しさ」があったと語っておられました。カーディガンを受け取る表情は、恍惚ささえ漂っています。それを渡す編み手さんの表情は、あたかも大事に育てた子犬を引き渡すかのよう。「心を込めた仕事に誇りが持てる」とは、こういうことなんでしょう。

 他のいくつかの産業では、顧客に安さや便利さを追求するために、働く人や下請け企業にそのしわ寄せが及んでいる現象がよくあります。お金を払う側が上で、提供する側が下でもない。顧客を喜ばせるために、従業員が犠牲になっていいはずがありません。顧客も従業員も取引先の人も、すべて等しく「人」なんです。テレビで御手洗氏が「幸せの総量を増やす会社にしたい」と話されていたのが印象的です。顧客や働く人の幸福は決してトレードオフではないのです。

 ドラッカーは、かつて「企業の目的は顧客の創造である」と言いました。気仙沼ニッティングを見て、そこに「働き手の創造」も加えたくなりました。(編集長・岩佐文夫)