実学と科学の境界を越えるために

琴坂:ちなみに、楠木さんは『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)という素晴らしい本を執筆されました。その後の論考も折に触れて拝読させていただいています。その続編、それをさらに進化させた論をすでにお持ちなのではないかと推察していますが、いかがでしょうか?

楠木:論理としてはでき上がっています。ただ、自分の生産ラインの動きが遅くてまだ本という形になっていません……。プロトタイプとしては次の次までできています。ようするに、怠惰なだけ(笑)。

琴坂:あれだけの完成度を持ち、実務家を説得した経営論です。それをアカデミックな言語に変換するだけで、世界の経営学のコミュニティにも大きな貢献できるように思うのですが、その気持ちはありませんか?楠木さんが語られている内容は、やはり経営学の世界でもフロンティアであり、学術的には語り尽くされていない領域だと思います。

楠木:アカデミックな人とのコミュニケーションをするところまでは望むところです。いまでも学会でアカデミックな研究者を前に話をさせてもらうこともあります。ただ、それを学術的なフォーマットで論文にしろと言われたら、もう一度生まれ変えなければなりません。資源配分を根本から変えなくてはなりませんから、現世では無理ですね。来世での課題にしたい(笑)。

 アカデミックなジャーナルは決まり事が多くて、それにきちんと対応するには1つひとつピースを埋めるようにやっていかなければならない。それはあまり得意じゃないですし、仮にそれを全力でやったとしても、あの本での僕のロジックはアカデミックな雑誌には不向きだと思います。無理に回帰分析などの統計的な実証分析に載せようとすると、意味がなくなってしまうおそれがある。

 たとえばファイナンス理論における効率的市場仮説のように、科学に近いかたちで再現可能性を持つ法則もありえます。前にも言った通り、それは議論の対象に大きく依存します。そもそも、競争戦略の本質は人とは違うことをやることにあります。そこに一般的な傾向や再現可能な因果関係を見つけるのがそもそも難しい。大規模サンプルの統計的な分析処理から因果関係の確からしさを確認する方法をとっている限り、アカデミックな実証分析に持ち込むのは無理があると思います。

琴坂:私は、そこにプロセス型のアプローチが復権する余地があるように思います。なぜかというと、結果的に出てくるものは予測不可能ですし、予測しようとするとつまらないものになってしまうのですが、そこに見出されるプロセスの集合体からは、一般的な傾向や再現可能な因果関係がある程度わかるような気がしています。

楠木:それは僕もそう思います。それでも相当に難しい仕事でしょうね。

琴坂:そう思います。だからこそ、それが競争戦略のフロンティアではないかと。メジャーな人はやらないので、そこに差し込んだら大きなポテンシャルを発揮できると思います。実は、こういう議論を源流にして、スタートアップの意図していなかった経営戦略が、創発的にどのように生まれてくるのかも探求し始めています。それを考えるうえで参考になったのが、楠木さんの『ストーリーからの競争戦略』でした。

楠木:ありがとうございます。ただ、それはある意味、先祖返りですよね。古き良き時代の経営学者、たとえばジョセフ・バウアーなどがやっていたことは、プロセス研究であり、ある種のパターン認識ですから。

琴坂:そうなんです。彼らは早すぎたと思います。当時のマーケットが求めていたニーズは、それではなかった。でも、いまはよりダイナミックに産業が変わっていますから、そのやり方が復権するのではないかなと思っています。

楠木:そういう論文や研究を一流の学会や学術雑誌にアクセプトさせるには相当時間がかかるでしょう。

琴坂:そこにはいくつかのアプローチがあり、いまの時点では、サブマリン的にどこかのジャーナルに埋め込んでおけばいいと思います。一応、みんながレビューするようなジャーナルに載せておいて、地道に布教していく。

楠木:なるほどね。いわゆるハイエンドジャーナルにこだわらずに、ということですか。

琴坂:そこにも一応投げ込みますが、それほど期待はしていません。投げ込んで、だめだった作品は埋め込んでおいて、ひたすらエビデンスをためていきたい。正攻法では面白くないので、私なりに自分のペースで進んでいきたいと思います。

後編は、3月3日(金)更新予定。

 

【著作紹介】

『領域を超える経営学』(琴坂 将広:著)
マッキンゼー×オックスフォード大学Ph.D.×経営者、3つの異なる視点で解き明かす最先端の経営学。紀元前3500年まで遡る知の源流から最新理論まで、この1冊でグローバル経営のすべてがわかる。国家の領域、学問領域を超える経営学が示す、世界の未来とは。

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『ストーリーとしての競争戦略』(楠木 建:著)
大きな成功を収め、その成功を持続している企業は、戦略が流れと動きを持った「ストーリー」として組み立てられているという点で共通している。戦略とは、必要に迫られて、難しい顔をしながら仕方なくつらされるものではなく、誰かに話したくてたまらなくなるような、面白い「お話」をつくるということなのだ。本書では、多くの事例をもとに「ストーリー」という視点から、究極の競争優位をもたらす論理を解明していく。

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