自我消耗が実際には自滅的な思考にすぎないならば、いまでは覆されているこの仮説がもたらす弊害が懸念される。自己啓発の指導者をはじめ、自我消耗説を唱える人々はいまだに多くいる。彼らはおそらく、この理論が疑わしいことを示す反証的証拠の存在を知らない。しかし、ドゥエックの結論が正しいとすれば、意志力を有限と考え続けることは実際に有害となる。

 一例として、自我消耗説が広まると、人々は目標を達成しにくくなる。本来ならばやり抜けるのに、この説を信じれば「やめる理由」ができるからだ。これに付随する、糖分欠乏による意志力低下説などが追い打ちをかけている。中途半端でやめることが無意識のうちに正当化されるのみならず、糖分たっぷりのまやかしの強壮剤で私たちを太らせるのだ。

 バウマイスターの研究チームは、自我消耗が本物であることを示すためにさらなる研究に取り組んでいるという。入念にコントロールされた実験室環境ならば、意志力の消耗が実際に観察される可能性は十分にある。ただし、反証的証拠が存在するので、その結論は不完全となるだろう。

 自我消耗説がもてはやされる理由は、悪いと知りながら時折やってしまうことを正当化したいというニーズが満たされるからであろう。プロジェクトを終えなくてはならない時に怠ける、といった行為だ。

 だが私たちは、頭の中に隠れた「意志力の燃料タンク」という、実際には存在しないものを探し求めるよりも、やるべきことがある。自分が脆く、注意散漫な存在であることを受け入れ、多少の息抜きを自分に許すことだ。気力の減退や心のさまよいはおそらく、何かを自分に訴えようとしているのだろう。

 トロント大学の心理学教授であり、トロント社会神経科学研究所の主任研究者であるマイケル・インズリットは、意志力は有限な資源ではなく、感情のように働くと考えている(英語記事)。喜びや怒りは「使い果たす」ことがないのと同様に、意志力はその時に起きていることや感じ方に応じて満ち引きするというのだ。このような見方には大きな意義がある。

 脳のエネルギーが「タンクの中の燃料」ではなく感情に類するならば、そのつもりで管理・利用でき、倦怠感を乗り越える術を学べばよい。また、困難な作業を遂行する時は、意欲減退は一時的なものだと信じるほうが、自分は消耗し休憩(とアイスクリーム)が必要だと考えるよりも、生産的で健全である。

 だが時として、モチベーションの欠如は一時的でない場合もある。私たちの身体は気分や感情を通して、意識上ではともすると気づかない情報を発信する。脳のエネルギー欠乏が慢性化している時には、みずからの意志力に耳を傾けてみよう。感情と同じように意志力も、何かを教えてくれる発信源なのだ。

 たとえば、私が記事を執筆中にすぐに気が散ってしまう時は、何かがうまくいっていないのだとわかる。フェイスブックやツイッターを必要以上にチェックしているなら、それは目の前のトピックに興味を失っている明白な徴候であり、別のテーマについて書くべきだと考える。興味がなくても無理をすれば、記事の1本や2本はきっと書ける。だが、それを生涯の仕事につなげることはまず不可能だろう。

 しかし、トピックが好奇心をそそるもの、あるいは自分が信じる大義に沿うものである場合、私は没頭して時間が飛ぶように過ぎ、言葉が溢れ出てくる。書くことを自分に強いる必要はない。書きたいからだ。意志力をまったく必要としない作業に取り組んだ日には、疲れを感じない。むしろ、エネルギーに満ちている。ネットフリックスを見続けたい衝動に駆られることはなく、自分が取り組んでいる仕事について世界中に語りたい気持ちになる。

 人は基本的に、つまらないと感じる作業は続ける気が起きない。白衣を着た社会科学者に命じられて解けないパズルに取り組むのは、楽しくないし、意義もない。同じことは、多くの人々が日々耐えながらやっている無味乾燥な作業にも当てはまる。楽しんでいない作業でもしばらくは何とか続けられるが、自分の気持ちが発しているサインを無視すれば、けっしてベストを尽くせないはずだ。

 意志力や感情は、論理的思考とセットになって私たちの意思決定を助ける。意志力に耳を傾けてその欠乏に向き合うことで、根本的に望まないことを強いられずに済む新たな道が見出せるかもしれない。

 楽しめる仕事を通して喜びを追求するのが、人のあるべき姿だ。同様に、そもそも意志力を消費せずに済むようにすることで、その恩恵を間接的に受ければよい。私たちが重視すべきは意志力ではなく、意欲がもたらす力なのだ。


HBR.ORG原文:Have We Been Thinking About Willpower the Wrong Way for 30 Years? November 23, 2016

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ニール・イヤール(Nir Eyal)
著述家、教育者、起業家。共著邦訳に『Hooked ハマるしかけ』(翔泳社、2014年)がある。