BCGマトリックスから
ポーターの競争戦略の時代へ

 BCGマトリックスは、それを生み出した戦略の伝道師たるコンサルティング会社と、そこに大量の人材を安定供給したビジネススクールの助けも経て広く受け入れられていった。では、BCGマトリックスとは何だろうか。ここからは少し踏み込んでBCGマトリックスを検証し、その先にあるマイケル・ポーターの競争戦略までの流れを確認したい。

 BCGマトリックスは、縦軸に市場成長率、横軸に相対的市場シェアを取り、事業を4象限に分類する。そして、左下のマトリクスから時計回りに「金の成る木」「花形(エース)」「問題児」「負け犬」の4種類に事業を分類する。「金の成る木」では投資を抑制してキャッシュを生み出し、「花形」にはキャッシュを注ぎ込み、「問題児」は「花形」になれるかを見極め、「負け犬」からは撤退を検討する。これが最も基本的な説明である。

 図2は、 多角化が進行したある企業における、BCGマトリックスのモデルケースを示した。BCGの解説によれば、最適なキャッシュフローの再配分を実現するためには、左下の「金の成る木」から右上の「問題児」へ再配分を行い、「問題児」をできる限り右上の「花形(エース)」に成長させるべきだとする。また、右下の「負け犬」に対する投資は極力抑制し、できるだけ早い段階で事業からの撤退や売却も検討すべきである。これがBCGマトリックスの基本的な考え方である。

図2:多角化した企業におけるモデルケース

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出典:Hax, A. C. & Majluf, N. S. 1983. The Use Of The Growth-Share Matrix In Strategic Planning. Interfaces, 13(1): 46-60., p.p. 47を基に作成

 あまりにも有名で、あまりにも多くの企業で導入されて実際の戦略的意思決定に用いられたがゆえに、BCGマトリックスはいまでも随所で紹介されている。しかし、経営戦略のほとんどの入門編で紹介される概念にもかかわらず、頻繁に誤用されてもいる方法論でもある。

 そもそも、これはあくまで自社の状況を視覚化することで発見を促すツールであり、この分類のみで経営判断を下すことは大きな危険をはらんでいる。たとえば、図表2では全事業の市場成長率がプラスになっているが、その状況下において、右下の事業をすべて「負け犬」と判断してよいのかは疑問が残る。別の極端な例では、本業に強く関連する多角化しか行っていないために、市場成長率も相対的市場シェアも、各事業の差がほとんどないマトリックスになってしまった事例もある。それを理解したうえで、いくつか散見される誤解を解消したい。

 大前提としてまず、このマトリックスを活用する企業には、多角化が進行して多数の事業を抱えていることが求められる。またこれを眺める人物には、1つひとつの事業に関する定性的な情報を豊富に持っていることが不可欠である。

 縦軸の市場成長率が有効に機能するうえでは、自社の各事業の成長率が産業全体の成長率(事業ライフサイクル)に影響を受けるという条件がある。すなわち、市場そのものが拡大すれば競業の事業も自社の事業も拡大し、市場が縮小すれば競業の事業も自社の事業も縮小すると単純化がされている。しかし当然ながら、市場全体が縮小しても自社事業まで縮小するとは限らない。たとえば、製品差別化が困難な事業領域では、その前提は適応されないだろう。

 また、横軸を単に市場シェアと表現する文献もあるが、それは正確な理解を妨げる一因である。この数値の意味は市場の寡占度によって変化するため、あくまで最も重要な競合に対する相対的市場シェア(自社の市場シェア/最も重要な競合の市場シェア)でなければならない。

 さらに、この相対シェアを実数値でプロットしている例もあるが、これは元来、対数スケールでプロットするものである。なぜなら、相対シェアを横軸とする発想は、BCGが1960年代中頃から提唱している経験曲線の知見(累積生産量に対するコスト削減幅は対数スケールで表現すると直線になること)[注9]に基づいているからである。言い換えれば、横軸で表現される各事業の収益率の向上は、経験曲線効果を織り込んだ量産効果によるコスト削減が主因であり、それと紐づく対数スケールで判断しないと事業の可能性を過小あるいは過大評価してしまう。

 なぜ、このような誤用が多く見られるのだろうか。その裏には、BCGマトリックスが、製品イノベーションが限定的であり、大量生産から生まれる標準品が産業の中心であった1960年代を前提に設計されているという事実がある。縦軸には競争の概念が抜け落ちており、横軸には標準品の前提があるのだ。しかし現代のように製品仕様が多様化し、それが短期間で革新される現代において、原義を忠実に適応すると機能しないのである。

 だからこそ、多くの教科書ではこれを単純化した4象限のマトリックスだけが表現され、「負け犬」や「金の成る木」といった目を引く言葉だけが生き残っているとも言える。単純化されたマトリックスによる表現は、必ずしも間違いではない。しかしそれは、何の示唆も与えてくれない抜け殻の可能性もある。

 BCGマトリックスは、経営者の属人的な経営センスと補完し合い、相乗効果を発揮することで広く受け入れられた。しかし、時代の変化とともに、この考え方にも疑問符が投げかけられるようになったのである[注10]。

***

 BCGマトリックスによる多角化企業の経営支援が一巡し、戦略コンサルティング会社やビジネススクールを通じて経営戦略策定のノウハウが一般に普及したのち、マイケル・ポーターによる競争戦略の時代が訪れた。

 ポーターは競争戦略に関する議論の出発点としてまず、BCGマトリックスを批評し、その不足を指摘している。1979年、彼が初めて「ファイブ・フォース」の概念を提示した『ハーバード・ビジネス・レビュー』の論文[注11]では、約1ページにわたって経験曲線に言及している。

 この論文は、産業の収益性(すなわち、事業領域としての魅力度)とは、BCGマトリックスが暗示するように事業ライフサイクルで決定されるのではなく、5つの競争要因で決定されると主張する。そのうえで、経験曲線は参入障壁であっても競争戦略にはなりえないと批判した。多くの企業が経験曲線効果を追い求めるがあまり、市場シェアをめぐって目の前のライバルに集中しすぎている。その結果、より重要な競争要因となる顧客や供給者との交渉力、新規参入や代替品の脅威を忘れがちであると説いたのである。

 この論文は、BCGマトリックスを代名詞とする、機械的な事業環境の評価に対するアンチテーゼだと言える。1980年代の幕開けが近づき、市場全体の成長が緩やかになると、企業経営の焦点は市場全体の成長による果実を得ることから、市場構造を理解し、競合との競争に勝利することに移り変わっていった。市場そのものの成長が望めないなか、競合との競争に勝利しなければ利益を得ることができなくなりつつあったのである。

 そこで次回は、外部環境から経営戦略を考える系譜を概観しながら、特にマイケル・ポーターのファイブ・フォースを中心に、その理論的背景と学術的価値について考える。産業組織論を背景にした“SCP(Structure-Conduct-Performance)”と、それを応用した事業環境分析の手法を解説する。特にマイケル・ポーターのファイブ・フォースを中心に、その理論的背景と学術的価値について深掘りしたい。

【本記事の要点】

• 経営戦略の正史が始まる以前に、すでに基本的な要素は出揃っていた
• 黄金時代の終焉が、予実管理の前提となる戦略計画の重要性を高めた
• 「経営戦略の父」と称されるアンゾフは、その後の主要な議論の原型(製品と市場分野、成長ベクトル、競争優位、シナジー)に言及している
• 当初の経営戦略の焦点は多角化による長期安定的な事業成長にあった
• 多角化の進展後、経済停滞による事業再編への要請が事業ポートフォリオ管理としての経営戦略を普及させた
• 経営戦略という概念の一般化には、その伝道師たちの活躍があった。コンサルタントは知識の媒介者として、また教育機関は専門人材の供給を通じて経営戦略の普及に貢献した。
• 事業ポートフォリオへのアンチテーゼの1つとして、その後、産業構造分析から経営戦略を検討する、マイケル・ポーターを代表格とする競争戦略が注目を浴びた。

[注9]経験曲線はウィンフレッド・ヒルシュマンによる『ハーバード・ビジネス・レビュー』の論文を参考としており、BCGがゼロから考案した概念ではない。詳しくは、Hirschmann, W. B. 1964. Profit From the Learning Curve. Harvard Business Review. 42(1): 125-39.
[注10]BCG自身は、2014年6月4日に『BCG Classics Revisited: The Growth Share Matrix』という記事を公開し、40年以上の時を経てもこの考え方は有用だと解説している。 https://www.bcgperspectives.com/content/articles/
corporate_strategy_portfolio_management_strategic_
planning_growth_share_matrix_bcg_classics_revisited/
[注11]Porter, M. E. 1979. How Competitive Forces Shape Strategy. Harvard Business Review. 57(2): 137-45., 139.

 

【著作紹介】

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