経営戦略の始祖:
チャンドラーとアンゾフ

「戦略」という用語を経営学の文脈で初めて議論したのは、アルフレッド・チャンドラーの『Strategy and Structure』(1962年)[注1]だと言われている。

 チャンドラーは、米国の巨大企業における組織的な変遷を分析した。この著作は、企業が、環境に対して自社が最適と考える基本的な長期目標を決定し、それに基づいた行動指針を定め、その指針を実現すべく諸資源を割り当て、組織体制を整備していく経緯を詳細に描写している。その成果は多くの実務家に示唆を与えた。職能部門別組織から近代的分権組織としての事業部制組織への移行過程、たとえばデュポンが直面した需要変動による経営危機と、その対応策としての事業の多角化、そして、その困難を克服するための事業部制のあり方を提示したのは、その代表である。

 ただし、これはあくまで経営史の観点から歴史事実をひも解き、経営環境、戦略、組織の関係を明らかにしたものである。多角化を進めた米国企業の分権化と、事業部制導入の歴史に関する細緻な分析が行われてはいるものの、経営戦略を体系的に整理しようとする試みではなかった。

 営利組織の経営戦略を分析的かつ体系的に取り扱った初めての著作は、「経営戦略の父」と称されるイゴール・アンゾフが出版した『Corporate Strategy』(1965年)[注2]である。

 アンゾフは、ランド研究所で米空軍の調達戦略やNATO戦略などに従事したのち、ロッキード・エアクラフトの経営企画部に活動の場を移した。その後、副社長にまで昇進すると、一転して大学教員としての道を歩み始める。そして、その多様な経験を背景として、戦略の概念を企業経営の中核に応用するに至った人物である。

 アンゾフは、組織はまず、事業環境の分析から自社の方向性に関する戦略的意思決定を行い、それをベースとして、予算をはじめとする行動計画を定めるべきだと主張した。なぜなら、人が未来を完全に予測するのは不可能であるため、予算や計画も完璧にはなりえないと考えたからである(アンゾフによる主張の詳細は後述)。

 なお、アンゾフ以前にも、目標数値を達成するために必要な経営資源を配分し、その達成状況をモニタリングする仕組みは確立されていた。それは、19世紀に登場した大企業という巨大組織の運営から磨き込まれた経営プロセスであり、軍隊や国家運営のノウハウを起源とする予実管理においては、最も中核的かつ基本的とされたプロセスでもある。

 アンゾフ以前の企業経営は、各部署が達成すべき数値をベースに事業計画が立案され、そのための方策は各部署の自律的な活動に任されていたと言える。巨大組織を運営するうえで、数値をベースにした計画を立て、それを着実に実行することが経営管理の実際であった。そして、予算策定とそれを基にした経営管理の骨格となる、企業の方向性の決定や戦略の立案に際しては、経営者個人の属人的な才覚に委ねられるところが大きかった。巨大組織の戦略的意思決定をどのように行うかのプロセスについては、明確に一般化されていなかったのである。

 これには一定の合理性があった。なぜなら前述したように、戦後から1960年代中頃までの米国経済は「黄金時代」と称されたほど、冷戦構造における軍事費の増大と相まって、都市部の人口増加と技術革新による大衆消費社会の成長により、市場経済そのものが安定的な成長を実現していたからである。

 長期的かつ安定的な市場成長が実現し、すべての市場参加者がその果実を得ることができる環境下では、予算を組み、それを達成するということが可能であり、また効果的でもあった。市場規模を基に自社が達成すべき目標を定め、目標を実現するための計画を立案し、それを実行することは不可能ではない。そのため、数値目標さえ定まれば、以降のプロセスがほぼ自動的に決まる組織もあっただろう。当初予算に対する上振れと下振れ、それに対する修正予算の提示をすることで、おおかたの対応がなされていたのである。

 しかし、1960年代後半にはすでに、安定成長の黄金時代に陰りが見え始めていた。そのため、経営者は次第に、経営環境を取り巻く不確実性に頭を悩ませるようになる。そうした時代の変化は、アンゾフの主張が広く注目を浴びるようになった要因の1つだと言える。想定外の自体が起こったときに必要なのは、単なる数値計画ではなく戦略的な計画、すなわち組織の中長期的な方向性であり、数値の背景となる哲学である。そうした考え方が評価され始めた。

 また、アンゾフが事業の多角化に焦点を当てて議論を進めたことも、彼が時代の波に乗った要因と言えるだろう。これもまた、当時の米国企業が抱えていた経営課題の中核とされていたからだ。長期的成長を実現するためにも、また来るべき景気減速と産業構造の変化に備えるためにも、事業の新たな柱を用意することは経営者たちの切なる希望であった。

 チャンドラーとアンゾフ、同時期に登場した彼らはともに、組織の方向性を決定づけるものとして経営戦略を位置づけ、その存在を示した。チャンドラーは、具体的な企業の分権化と組織変化の事例をもとに、それを詳細に解説した。それに対してアンゾフは、経営戦略という概念を分析的かつ体系的に取りまとめ、経営戦略の方法論と分野の確立に大きく貢献したのである。

予算ありきから、戦略ありきへ

 では、アンゾフはどのような主張を展開したのだろうか。以降、その概要についてもう少し深く触れてみたい。

 アンゾフは、組織の意思決定を「戦略的意思決定」「管理的意思決定」「業務的意思決定」の3つに分類し、その中でも戦略的意思決定が特に重要であると説いた。そして戦略的意思決定に関する議論が始まったことをもって、経営戦略は正史の始まりを迎えた。

 戦略的意思決定とは、不確実性ある環境に対して自社の経営資源をどのように活用するかを決めることである。また管理的意思決定とは、自社の経営資源を付加価値に転換するための、具体的なプロセスを検討することを意味する。そして業務的意思決定は、その実際の運用を検討することである。それぞれ具体的に見ていこう。

 業務的意思決定は、最も実務に近く、日常業務で行われる1つひとつの判断である。たとえばレストランのウェイターは、どのテーブルに来店客を案内すべきなのか、配膳と会計のどちらを優先するのかといった、小さな意思決定を繰り返し行っている。このように企業が業務を遂行するうえで必要であり、日々繰り返される定例的な意思決定が業務的意思決定に分類される。

 管理的意思決定は、組織が決定した一定の方針に対して、それを実現するための方策に関する意思決定を指す。たとえば、ある企業が製品の価格を20%引き下げるという戦略的意思決定をしたとしよう。そのためにどのように調達先や生産工程を調整するか、どの程度の販売数量を目標として、そのためにどれだけの資源を投入するかを決定することは管理的意思決定に分類される。

 戦略的意思決定は、“Corporate Strategy(企業戦略)”の根幹であり、経営環境の特性とその変化に組織がどう対応するかを検討することである。たとえば、自動車会社が産業全体の電動化と知能化の潮流をどう見極め、どのような要素技術を採用するのか判断すること。あるいは、鉄鋼メーカーが全世界の合従連衡の潮流をどう見極め、どのような資本政策を立案するのか判断すること。このように企業の長期的な生存を左右し、かつ不確定要素が大きな意思決定が、戦略的意思決定に分類される。

 言い換えれば、管理的意思決定や業務的意思決定と比較して、戦略的意思決定はより不確実性を許容している。経営者は、こうした意思決定に際して、いかなるかたちで努力をしても不確定要素を抱えたままに、部分的には無知である状態で望まなければならない。それゆえアンゾフは、前述した通り、その不確実性を前提とした体系的かつ戦略的な計画が必要だという議論を展開したのである。

 もちろん、アンゾフだけが孤軍奮闘していたわけではない。同時期に活躍した、カリフォルニア大学のジョージ・スタイナーをはじめとする戦略計画の伝道師たちは、限られた人間による属人的な戦略的意思決定が困難な巨大組織であっても、一定の明確なプロセスによってそれを適切に行えるように数々の指針を示した。予算ありきから、戦略ありきへ。それは、時代が求めた潮流だったのである

 その根本は、第1に戦略策定プロセスの明確化であり、第2に自社とそれを取り巻く環境の理解であり、第3にそれを元にした成長のための施策の整理にある。たとえば、まず経済や産業全体の未来予測を行い、それを基に組織の売上や利益などの目標を設定する。その目標を達成するために戦略的意思決定を行い、優先事項を整理し、経営資源を配分し、それを円滑に実行する。そして、計画の成果を絶えずモニタリングし、その進捗を次の戦略的意思決定に織り込む。

 当時は、こうした戦略策定と実行における一連のプロセス[注3]が未整備の組織が大半であった。そのため、戦略的意思決定は経営者や経営チームの属人的な知見や素養のみに大きく依存していたのである。だが、安定成長の時代から不確実性の時代が訪れたことで、予算・動員計画の背後にあるべき戦略的意思決定の重要性が増すこととなる。アンゾフが「経営戦略の父」と呼ばれるのは、それを全面に押し出し、これまでの経営管理の手法に対して正面から挑戦した先駆者だからである。

[注1]邦訳は『組織は戦略に従う』(有賀裕子訳、ダイヤモンド社、2004年)。なお、チャンドラーは、組織が無条件に戦略に従うと述べているわけではない。戦略上の変化が組織上の変化に先立って起きることは明示されているが、組織構造が戦略形成になんら影響を与えないという意味ではない。たしかに、戦略から組織を変化させたほうが無難であろうが、実際の実践と応用は個別事例の特殊状況に左右される。
[注2]邦訳は『企業戦略論』(広田寿亮訳、産業能率大学出版部、1985年)。
[注3]たとえば、スタイナーの1969年の著作 (Steiner, G. A. 1969. Top management planning. Macmillan.)は、これを「前提条件の整理(Premises)」「計画の立案(Planning)」「実行と評価(Implement and Review)」の3段階に切り分ける。