イノベーションのジレンマ
理論で知る自分の立ち位置

 経営理論の紹介では欠かせない、イノベーションのジレンマについては、カメラ市場がケースに取り上げられる。カメラ市場は、第2次世界大戦までは、ドイツのライツが連動距離形カメラ(製品名「ライカ」)で牙城を築いていた。それを戦後、キヤノンやニコンなどが一眼レフカメラによって、切り崩して行く。

 キヤノンやニコンは一眼レフによって、主流のカメラ市場を寡占するまでに強力になり、フィルムからデジタルへのカメラの大きな技術転換も乗り越えた。しかし近年、彼らを脅かす存在として台頭するのがソニーのミラーレス一眼カメラである。

 ミラーレスカメラは、被写体の光をCMOSイメージセンサーで捉え、それを液晶画面に画像として映してファインダーで見る。この構造のため、ミラーやペンタボックスが不要となり、従来の光学ファイダーの一眼レフカメラよりも軽量・コンパクト化が可能となる。これにより、重いカメラを嫌う女性や高齢者に、購買層を広げた。

 ただし、初期のミラーレス一眼カメラは、光学ファインダー一眼レフカメラに比べて、画像処理に時間がかかりシャッターチャンスを逃したり、画面の美しさが劣っていたりして、カメラの主要顧客のニーズを満たすものではなかった。そのため、ハイエンドユーザーを満足させる製品開発に注力し続けたキヤノンやニコンは、ミラーレス一眼カメラ開発への注力が遅くなる。

 しばらくして、ミラーレス一眼カメラの画像処理がスピーディになり画面も美しくなる技術進歩が進むと、軽量・コンパクトという価値が相対的に高く評価され、ソニーによる急激なシェア拡大を許すことになる。

 これはまさに、既存市場のトップ企業は主要顧客のニーズ対応を重視して、そのニーズに応えられない新しい技術への取り組みが遅れるがために、新技術の開発に注力する新興企業によって地位を脅かされるという、イノベーションのジレンマの理論のフレームワークにはまるものである。

 過去の話ではなく、現在進行形の事象も、イノベーションのジレンマの理論で説明できることを示す希有な好例である。本書では、この事例を紹介した後に、理論の威力はここにとどまらないとして、「自分が今、イノベーションの戦いの中で、どの局面に位置しているのかということを考える鳥瞰図的な理解を得ることができる」と続ける。その方法については本書をご覧いただきたいが、ここでの話のミソは、経営理論が実際のビジネスで使える、ということを具体的に示していることである。

 経営理論(経営学)のいくつかは、誰かが、経験によって発見した市場における勝ちパターンを理論化したものである。最初は、「なんとなくこうすればうまくいく」という曖昧なもの、いわば暗黙知を、同僚や仲間など他の人が理解できるように明文化した形式知が経済理論の基になる。そのことが、本書の「おわりに」に書かれている。「何事もまず『ことば』である」と。ことば化されることで、事象やその理がクリアに見えてくるのだ。

「企業社会で生きる人は、まず企業を語るための『ことば』を学ぶことが重要である。その『ことば』を複数結びつけたフレームワークを学び、それによって現実を語ってみること。それを繰り返しているうちに、新しい『ことば』を生み出したり、新しいリアリティを創造したりすることができるようになる」と本書では指摘する。

 そして、「企業社会の中で、主体性をもって生きようと考えるのであれば、経営学を学ぶことは不可欠である」という。仕事をする上での「ことば」、経営学の有意性と面白さを、本書を読むと実感できる。