生産性の追求から
人間性の活用へ

 エルトン・メイヨーの『The Human Problems of An Industrial Organization』(1933年)[注7]では、「ホーソン実験」と呼ばれる一連の研究の成果を紹介している。ホーソン実験とは、シカゴにあったウェスタン・エレクトリック社の工場で1924年から1932年まで断続的に実施されたものである。メイヨーはその研究によって、労働者の生産性が社会的欲求や感情に左右されるため、非公式な組織や人間関係が生産性向上に重要となるという仮説を提示した。

 ホーソン実験が提示した事実は、その検証手法に議論は残るものの、それまでの科学的管理法の理解を反証しうるものであった。

 作業環境の照明レベルに変化が起きたという事実だけで、照明を明るくしても暗くしても作業効率が高まった。組み立て作業の賃金や労働時間、作業環境の冷暖房を調整すると、どのような調整をしても作業効率が高まった。研究員が調査目的の面談を行うと、面談を行ったという事実だけで、その労働者の生産性が高まった。これらの事実は、テイラーが説く科学的管理法の理解からは解釈が難しい発見である。

 その発見を背景として、工場における生産性には、労働環境や労働条件ではない人間的な要因が大きく影響しているという仮説が導き出される。すなわち、自分たちは選ばれて実験に参加しているという意識であり、経営者や研究者が自分の仕事に興味を持っているという喜びであり、周りの人間との人間関係である。それは、1933年に亡くなったメアリー・パーカー・フォレットが提唱した、一人ひとりがリーダーシップを持つべきとする政治や組織のあり方を再確認するものであった。

 これは現代から考えれば至極当たり前の事実であるが、100年前には当然ではなかった。一見矛盾する結果であったために、科学的管理法を推進するコンサルタントや研究者は、単にこれは実験の失敗であり、恣意的な主張であると批判した。しかしこの発見は、その発展に限界が見えつつあった、人間を部品として冷徹に管理する管理法に対して新しい進化の方向性を示したのである。

 そのように人間性をも取り込んだ経営の方向性は、科学と理論を実践する監督者としての経営者のあり方に疑問を生じさせる、新たな考え方であった。その潮流のなかでも、ニュージャージー・ベル電話会社の社長を20年務め、ロックフェラー財団の理事長でもあったチェスター・バーナードの経営思想は、実業界に多大な影響を与えている。

 彼がハーバード大学の公開講座で示した講義内容を書籍した『The Functions of the Executive』(1938年)[注8]は、経営組織を2人以上の人間によって意識的に調整された活動と諸力のシステムであると定義する。そして経営者の役割とは、その社会的な協働システムに対して共通の目的を与え、参加人員の貢献意欲を高め、そして従業員相互のコミュニケーションを活発化させることにあるという。

 バーナードは、どのような組織であるべきかという組織論と、どのような経営者であるべきかという経営者論を一体として議論し、経営者には管理能力のみならず高い規範意識を求めた。経営者としての実績とその巧みな表現、社会に対する高い発信意欲により、アルフレッド・テイラーに続く新時代の理論家としての名声を高め、一つの時代を築いた人物である。

 その後、バーナードが説明した協働システムとしての経営組織のあり方は、ハーバード・サイモンの『Administrative Behavior』(1947年)[注9]によって高度に理論化される。

 サイモンは、経営組織とは、人間の限定合理性と不完全情報を前提とした、客観的な合理性を備えた判断を範囲の限定によって可能とする装置だと理論化した。意思決定の本質を単純な原理原則の集合として理解し、それを束ねる存在としての経営のあり方を提示して、その科学的な理解を深めたのである。

 バーナードが説いた経営哲学は、さらにピーター・ドラッカーの『Concept of the Corporation』(1946年)[注10]や『The Practice of Management』(1954年)[注11]によって再定義される

『Concept of the Corporation』は、ゼネラルモーターズの事業部制がもたらした功罪に対する分析から、組織活力を向上させるための分権化、権限移譲と労働者の自己管理の推進を行い、作業者を管理すべきコストではなく活用すべき経営資源ととらえるべきと主張した。また『The Practice of Management』では、社会的存在である企業のあり方をさらに推し進め、企業の存在価値とは、最終的には顧客や市場が決定するという考え方を提示して、マネジメントのあるべき姿を広く世に示した。

 ここに至ったことで、社会における経営者、経営組織、労働者のあり方に対する理解が一つの完成を見る。依然として、企業経営の文脈において経営戦略という言葉は一般的ではなかったが、それに必要とされる要素は出揃ったのである。

***

 このように振り返ると、経営戦略は、本格的に進化する以前に、それに必要な素材はあらかた議論されていたとも言える。

 それを示すように、本記事で紹介したような古典は、経営戦略の文脈から現代においても活発に議論されている。ただし、こうした経営戦略以前の戦略の歴史は、標準的な経営戦略の教科書では通常1ページも割かれない前史である。その理由は、それ以後の発展がより科学的な検証と議論であり、企業の実態に根ざす経営戦略として磨き込まれた一つの系譜として存在するからであろう。

 たしかに、本記事で紹介した素材を現代に活用するには、いくつか注意すべき点が存在する。最も重要な点は、それらが生み出された時代背景と、本来の目的を理解したうえで議論を噛み砕かなければならないことである。あくまで軍事が目的であったり、生産管理が目的であったり、経営者のあるべき姿を議論したりしているため、現代にそのまま用いて経営戦略とすると多少なりとも無理が必ず生じるであろう。より広い目的や異なる目的に対して磨き込まれた議論であるため、「経営戦略」について語るうえでは、再解釈を避けることができないのだ。

 したがって、そこには多様な解釈の併存を許容する。さらに言えば、多様な解釈を行うべき思考の具材でもあり、現代に応用する際には鵜呑みにしてはならない。

 その一方で、目的や対象や考え方の違いを超えて、現代にも通じる普遍的な学びがあることもたしかである。そうであるからこそ、その語源や起源から遡り、少しばかり詳細に紹介することとした。皆様の参考となれば幸いである。

 次回は、前史に対して正史を扱う。時代は1960年代頃、1980年代に登場するマイケル・ポーター以前の発展である。経営戦略の骨格と同様に、経営戦略発展の骨格とも言うべき、現代の経営戦略論に直結する議論の系譜を追いたい。

【本記事の要点】

• 戦略(Strategy)の語源は、何をもって語源とするかで複数存在する
• 戦略の起源を遡るのであれば、それは先史時代に至る
• 人間活動の組織化の手法は、 国家権力と戦争により磨き込まれた
• 軍事戦略は、孫子からリデル=ハートまで経営戦略にも幅広く応用される
• 近代的な大企業の成立が、経営を科学する行為を必要とした
• 管理監督による生産性追求の行きすぎは、逆に人間性の発見につながった
• 単なる監督者ではなく、高い規範の実践者としての経営者が理想となった
• 経営戦略という言葉が生まれる前に、必要な要素はすでに出揃っていた

[注7]邦訳は『新訳 産業文明における人間問題』(村本栄一訳、日本能率協会、1967年)。
[注8]邦訳は『経営者の役割』(山本安次郎訳、ダイヤモンド社、1968年)。
[注9]邦訳は『新版 経営行動』(桑田耕太郎・西脇暢子・高柳美香・高尾義明訳、ダイヤモンド社、2009年)。
[注10]邦訳は『企業とは何か』(上田惇生訳、ダイヤモンド社、2008年)。
[注11]邦訳は『現代の経営 上・下』(上田惇生訳、ダイヤモンド社、2006年)。

 

【著作紹介】

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