科学的管理法による
生産性の追求へ

 経営を科学する。それによって競合に対して有利に立てる。

 これを初めて世に提示したといわれるのはフレデリック・テイラーであり、彼の仕事の集大成といえる『The principles of Scientific Management』(1911年)[注5]であろう。その考え方は、鉱山からスーパーまで、広範な組織の経営の生産性を引き上げた革新的な考え方を取りまとめており、大量生産・大量消費時代の実現を大きく後押しした。

 テイラーにとっての「特定の組織が何らかの目的を達成するための道筋」は、科学的管理法による生産性の改善である。

 ストップウォッチとノートを持ち、労働者の行動を観察する。それを科学的に検討して標準化していくことで、作業効率を引き上げていく。それは、ヘンリー・フォードが1908年に送り出したT型フォードの生産ラインでつくり込まれ、ある種の完成型を見たといえよう。部品の規格化を進め、製品を標準化し、製造工程を細分化して、それを流れ作業で管理する。それによって大量生産による規模の経済を最大化し、コストリーダーシップによる市場独占を目指す。この方法論は自動車産業以外でも試みられ、一つの時代を形成した。

 テイラーの考え方は、生産工程のみならず、組織全体に応用可能なものであった。たとえば、アンリ・ファヨールの『Administration Industrielle et Générale』(1917年)[注6]は、経営の要点はこれらの管理であると説明する。

 ファヨールは、経営管理を計画、組織化、指揮、調整、統制の一連のプロセスであると指摘した。生産管理を主眼としたテイラーに対して、ファヨールは企業を技術、商業、財務、保全、会計、管理の6つに分類し、企業全体を議論したのだ。ただし、その経営者のあり方も、テイラーと同じく労働者に対する上位者、管理者や監督者としての姿であった。

 科学的管理法による生産性の追求は、人間性の否定にもつながる。実際、その第一人者たるテイラーは、労働者の可能性を過小評価していたとも言われる。

 彼は”stupid”という言葉を多用し、労働者は学ぶ能力が限られ、管理された単純作業に従事することが最適であると考えていた。工程の分析と設計、その計画を担う役割は、能力のある管理職に任され、労働者はその計画を分担して実行する忠実で正確な部品となることが求められたのである。

 たしかに、初等教育も受けていない貧しい移民労働者が生産活動の中心であり、彼らが担う労働も単純作業が中心であった時代には、一定の合理性があった。その時代における最適な経営戦略は、管理監督による生産性の追求だったのである。

 しかし、次第に人々が豊かになり、その心にゆとりと教養が生まれるようになると、そうした非人間性に対する疑問が生まれるようになる。それはチャーリー・チャップリンの『モダンタイムズ』(1936年)に表されるような、意思を持つ労働者と非人間的な生産現場の対立関係につながった。そして、そうした疑問は組織と経営のあり方に新たな考えを生み出すことになる。

[注5]邦訳は『新訳 科学的管理法』(有賀裕子訳、ダイヤモンド社、2009年)。
[注6]邦訳は『産業ならびに一般の管理』(山本安次郎訳、ダイヤモンド社、1985年)。